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占い師ストーリー30
2006/05/13 07:19:32 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 占い師になるまでのストーリー
おはようございます。
明日は母の日です。
皆さんはどんな母の日を過ごされる予定ですか。

さてさていつものブログに入ります。
今日のブログにこの内容を書こうか?それとも・・・と迷ったのですが書くことにします。
最近は娘のまさののことについてブログを書いていました。
そして、去った5月8日に私がみた夢です。

まさのの卒業式にあった実話の話なのですが。
夢でもその光景を見ていました。
夢の中では、私はとても怒っていました。
そして、目が覚め起きてみると、あんなに大嫌いだった学校関係者の人達だったのに、もうそれは過去のことで、すっーと気持ちが抜けて軽い感じになっていたのです。
私は、心の内のことをめったに人には相談しません。
もっとわかりやすく言えば、本音を人に話さない性格です。

それでは詳しく、夢の内容を話しましょう。
まさのが相談をしていた学校関係者の○○さんが、卒業4,5日前という時にやたらまさののことを誘い出していたのです。
遊びに連れていったり、食事に連れて行ったりしていました。

その頃は、私は心を閉ざしていました。
その時の私の心の中には、まさのの学校関係者の人達は、自分の人生の毒のようなものだと思っていたのです。
誰にもそのことを話すことはありませんでした。それがきっと、ずぅっと私の心の中に、暴言として残っていたのです。

まさのは「ママ!○○さんはもう学校関係を辞めるんだってよ〜だから、まさのと思い出作りで食事に行きたいんだって」

私は「あっ!そう。行ってきたらいいんじゃない」

そのような会話をしていました。
しかし、私の心の中では、この子達何名かのグループで、卒業式に何かをしでかすのでは・・・という探りのような気がしてならなかったのです。

この時の私は、とても性格悪いですよね〜 島袋千鶴子・・・

そして、食事から帰ってきたまさのは「食事とても美味しかった!」

私は「どんな話をしたの?」とまさのに聞きました。

すると、まさのは「制服を5人分、赤、青、黄、緑、紫で刺繍入りで作ったという話をしたよ」というのです。
その話を聞いた私は、まさののことを精神年齢が低いというか、無邪気というか・・・と感じていました。

「その制服は卒業式に来ていくものではなく、卒業式を終えた後に写真を撮るだけの制服で、その後皆で食事に行ったり、遊びに行ったりする計画を立てている」ということを話したというのです。

この続きはまた明日。

それでは素敵な母の日をお過ごし下さいね。



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占い師ストーリー29
2006/05/12 07:01:54 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 占い師になるまでのストーリー
おはようございます。
今朝は少しばかり早く目が覚めました。
早起きはいいものですね。

それでは、昨日の続きに入ります。

娘の住む建物の隣には、私が以前にお世話になった占い屋さんがあったのです。
主人が、まさのが隣の建物に引越ししてくることをあいさつしていた方がいいのでは、ということで訪ねていくことにしたのです。
主人は早速、社長の都合を聞こうと連絡入れていました。

それからしばらくして、その社長から主人に連絡が入ったのです。

その社長は誰からだわからないのですが、そのことを知っている様子で、ものすごいけんまくで怒りの内容だったのです。

「うちの隣の建物に来るなんて、あなた達は常識ハズレ、考えてもわかるんじゃないの?同じ占いの会社が隣に来るとはどういうことよ。他の物件を探しなさい」

というではありませんか。

どうも私達が、そこで営業をすると思ったらしいのです。
ほんとうに誰がそんなことをいったのか、中途半端に話を聞かされていたのです。

親の立場で、暗い道も渡らずに歩いて5分以内に学校があるという条件で探していたら、たまたまここの建物しかなかったのです。
娘の為を思って探していたのに・・・
なんでこんな風になってしまうのだろうと思いました。

それから、親子3名で話し合いをもちます。
娘の意見も充分に聞いた上で、学校を丸っきり変更することにしたのです。
市内の夜間高校で受験を受けることになりました。

昼間はビーポイントエステティック学院というところへ行くことにします。
担任の先生には、ぎりぎりで願書を変更していただきました。


また、2ヶ月間ではあるのですが、私達夫婦は彼女と一緒になって毎日受験勉強を必死になって行っていました。

その時の夜食は、アル中の父が毎日楽しそうに作ってくれていました。

妹の子もまさのと同級生で、同じ受験生でした。
その子はとても優秀で、受験の心配はまったくしていませんでした。

合格発表当日。
まっさきにでかけていたったのでが、アル中の父だったのです。
自転車に乗り、一番に発表を見にいってくれたのです。

お陰様で高校も合格、エステの方も合格でした。
その日は、輪をかけてお酒がすすむ父。

「まさのは天才だ!素晴らしい子だ!」

ととても大喜びをして興奮の1日でした。
翌日もそのまた翌日も同じことを何度も何度も言っていました。
多分1000日くらいは、父は言い続けていたと思います。

夜食を作ってくれたりと一緒になって彼女の受験をサポートしてくれて、父には感謝です。

まさのは父が毎日のように天才!といって褒めまくるので、雰囲気が日に日に変化していったのです。
彼女もここまで褒めまくられたことはなかったのです。

私の父はある中ではありますが、人を育てることに関してはずば抜けているとその時に、感じていました。
また、母である私も父をみて、とても勉強になっていたことも事実です。

また、後でわかったことなのですが、まさのが最初に通おうとしていた学校は、エステ協会の認定が降りておらず、合格したエステの学校のみだけが、県内で認定校だったのです。

あの時のことがあって、希望校を変更したことは実はとてもいいことだったのです。
彼女が15歳で、日本エステティック協会認定エステシャンということにはなっていなかったのです。

この社長とは形はどうあれ、いつも最終的には助けられているのです。

すべてに感謝ですね!ありがとうございます。


そして、その時の私はまだまだ未熟でしたね。
今、考えればもう少し考えて、日々を過ごせばよかったと思います。
ほんとうに学校関係者の人達が大嫌いで、全部そのせいにしていました。

人のせいにばかりしている内は、自分の目がふさがっている状態なんだということを痛感しました。

それではまた明日・・・


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占い師ストーリー28
2006/05/11 08:46:36 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 占い師になるまでのストーリー
おはようございます。
今日は天気がよさそうです。

早速昨日の続きを・・・




まさのの担任の先生からは、「高校は無理でしょう」という話でした。
しかし、本人は高校に進学したいということで受験をさせることにしました。

そこからがまた大変なエピソードになるのです。

彼女が志願していたのは、市外の夜間高校に行き、昼間はエステの専門学校に行きたいということでした。
それで、担任の先生には願書も書いていただきました。

平成16年2月4日

市外でも住んでいるところからでは、かなり遠い場所。
そこで、親元を離れ、一人暮らしをしながら学校にいくプランを計画していました。


まさのが住む部屋を知り合いの方に探していただき、とてもいい条件の物件が見つかったのです。
そして、不動産の契約も終わった頃でした。

そこは、建築中の物件でした。家賃がとても高いところでしたが、素敵な空間。

が・・・

びっくりしたことに、この建築中の建物を見るといって出かけてみると、私が前にみたことのある光景だったのです。

それは何名かの人にも話しました。

「なぜだかわからないのだが、前にイメージで見ていたものにそっくりなんだよね。驚く程そっくりなんだよね。自分の娘のまさのがこの建物の階段から降りてくる雰囲気が見えるたのよ〜」

と言っていたのです。
すべてがほんとにイメージ通りだったのです。
それで何も考えずに、縁だと思いすぐに契約をすることになったのです。

しかし、これだけではなかったのです。

この続きはまた明日








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占い師ストーリー27
2006/05/10 10:52:46 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 占い師になるまでのストーリー
uppic おはようございます。
昨日は打ち合わせも兼ねながら、ボストンクラブへお食事でかけました。
海人サンキューフェアーを7月20日までやっているようです。
お薦めコースです。

ロブスタースペシャルで、なんとカリフォルニアワインが飲み放題。¥3,900でとても美味しいディーナーをいただけますよ!
この¥3,900ディナーを¥10,000で3回利用できるお得なびっくりパスポートがあってこちらの方が、お得ですね!
よかったらお食事に出かけられてみてくださいね。


昨日のブログの続きです。

今でも娘のまさのは、中学時代の先生方とはとても楽しい思い出だったと話します。

今でも、学校関係者の方々と食事に出かけたりしているようです。

まさのちゃんが体罰を受けた話をしました。
私はまさのの学校の先生と話し合いということをしたことがありませんでした。
いつも一方的に学校の先生から

「親でしょう。あなたは・・・自分の子供でしょう」

と言われたことしかありません。
多分、自分がそんなことを言わせた態度をとっていたのかもしれませんね。
その時の私は、彼女の学校の先生のことはとても大嫌いで、自分の生活に入れていませんでした。

その理由のひとつが、まさのがカウンセリング的に相談をしている学校関係者の方がいました。
しかし、その話がなぜだか私の耳に入るのです。
それもその関係者以外の方にもれるのがとても早いのです。

その時、まったく子供のプライバシーがないように私は感じていました。

ひとつに、主人があるお客様に好意をもたれ、何度も何度もメールが届いていた時期がありました。
このことは、夫婦で話し合っているところでした。
まさのが主人の携帯を借りた時に、そのメールを見てしまったのです。そして、彼女はパパが浮気をしていると思ってしまったのです。
そのことを、カウンセリングである方に相談していたらしいのです。その時は私もまったく彼女が悩んでいることを知らなかったのです。

夫婦の中でこのことが解決をし、4ヶ月が過ぎた頃、あるお客様が

「千鶴子先生はご主人とうまくいっているのですか?学校関係者の○○さんから直接聞いたのですが・・・ご主人が浮気をしていたら子供の教育どころではないですよね。その方が、あのような家庭があるから、子供達は私達みたいな人に頼ってくるのよねと話していましたよ」

というではありませんか。
私はこの話を聞いて、まさのが帰って来るなり、大喧嘩をしました。それが平成15年10月22日のことです。

私はまさのに

「ママは世の中の誰を信じてもいいが、あなたの学校関係者だけは最低で、バカの集まりで・・・」とののしったのです。

このことがきっかけで、私とまさのは別々に暮らすことになるのです。

アル中である私の父が、

「あなたが育てるより、酒飲みでも私の方が育てた方がいいよ」

といって、実家にその日からまさのを連れて行ったのです。

その後、まさのは目に見えてわかるくらいにすごく穏やかになっていきました。

私の父は、私が小さい時から私の世話をすることが趣味みたいな感じで、部屋を掃除したり、食事を作ってくれたり、洋服を洗ってくれたりしていました。それとまったく同じように、私の娘にもやったのです。
毎日まさのの食事をつくり、洋服を洗濯したりするのです。

それから彼女が中学を卒業する日が間近かという頃、私達親子がけんかをして別々に暮らす原因となった学校関係者の○○さんと偶然に会うのです。

彼女からの一言が

「一緒に住んでいないんだって・・・何で?とてもいい子なのに〜」

私はニコッと笑って何も言いませんでした。


この続きはまた明日。

毎日、日々のことに感謝ですね。










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占い師ストーリー26
2006/05/09 17:49:30 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 占い師になるまでのストーリー
すみませ〜ん!!
多くの方から、「昨日の続きはまだですか」といって問い合わせをいただいて・・・

本日第2弾のブログです。

今日は早朝から間に合わせなければいけない仕事が入っていて、今、終わったところです。
次のお客様が来るまでの間にブログあげます。

それでは皆様がお待ちかねの昨日のブログの続きです。


長女まさのも中学になりました。
彼女が中学1年、5月までは何ごともなく毎日を過ごしていました。
しかし、6月頃から私の携帯に頻繁に彼女から連絡が入るようになったのです。

「ママ!ママ!あのさぁ〜」というのですが、4月にオープンしたカフェが口コミでとても忙しくなり、また同じ時期に兄弟で始めた会社も忙しく、なかなかゆっくり話を聞いてあげなかったのです。

兄弟で始めた会社もスタート時から24名の社員がいて、儲かるというよりは、今思うとただ忙しいだけだったように思います。

そういう時期に、いつもまさのは学校の話をママにしたいと言っていました。
ある日、まさのが「野球部のマネージャーになりたいのだけど・・・」と話してきたのです。
私達夫婦は猛反対。

「絶対そんなのはやめなさい」と言っていたのです。
彼女は「中学になったら、自分のやりたいことをやって、弟達の面倒をみるのを休みたい」と言っていたのです。
それから幾度となく、「マネージャーになりたい!!」と親に訴えていたのです。

ところが、主人も猛反対で、「そんな男の子のマネージャーなんてダメ!他人の世話をするくらいなら兄弟の世話をしなさい。」と彼女に言うのです。

その日は、彼女は部活の先生にマネージャーになりたいことを話して、「まず1週間だけやってみたらいいね」と先生から了解を得た日だったのです。

同じことの話を何度も繰り返ししているうちに、主人が人が変わったかのようにいきなり、まさのに手をだしたのです。
それが半端じゃないくらいなのです。
隣にいた私はびっくりして、止めようとしました。
が・・・
どんなに止めようとしても主人は人が変わったかのように手をだすばかり。

母親としては、このことも1つの原因ではないかと思います。
この時、私は私でまさののSOSをキャッチできず、今、考えれば彼女の話をちゃんと聞いてあげればよかったと思っています。

このことがあった直後からまさのの行動が急変していったのです。
学校もサボるようになります。
唯一の救いだったのが、必ずといっていいほど毎日夜の8時までには帰宅をすることだったのです。

学校をサボる彼女の態度をみれば、朝帰りをしてもおかしくないくらいの状況です。

私達家族は、眠るポジションがあって皆で眠らないといけないという習慣があったのです。

この習慣があったおかげで、助かったのです。

何か家族で習慣があるというのは、時にはそれが助けになることがあることを教えてもらいました。

中学2年になり、ちょっとした友達とのトラブルで、学校の先生に10日間の怪我をするほどの体罰を受けたのです。

病院で診察を受け、母親としては教育委員会に訴えるつもりでいました。

が・・・

彼女が「校長先生も始めての学校だし、新学年も始まったばかりで、大きな問題にはしたくない」と言うのです。

それで、私は彼女がいうことを尊重して訴えることを辞めることにしました。

家に戻ると、担任の先生、校長先生、教頭先生などが謝罪に来ていました。

まさのは「自分も悪かったのだから大丈夫です」と言うのです。

先生方が帰って、まさのに「あなたはそれでいいの?」と聞くと、学校の先生はみんな大好きだからというのです。
校長先生ににはとても可愛がられていましたね。

それ以後は、その先生は生徒に対して手を出すことがなくなったようです。

これらのことを振り返ると、私はその頃いつも人のせいにしていたように思います。
また、その頃の彼女の学校の先生、関係者の人達を私はとても大嫌いだったのです。

とにかく関わりたくない。
自分の空間に入れたくない。
という存在だったのです。

子供を通して大人の世界の動きが見えたりしてとても嫌だったのです。

ほんとうにブログを上げることで、私自身、その時には気がつかなかったことを今、気がついたりしていますね。

人のせいにしているうちは、何も気づきがないですね。
今、考えると恥ずかしいほどです。

こんなブログの使い方をしているのは、きっと私くらいではないかと思うほどです。

また、島袋千鶴子がこれまでに経験してきたことを公開することで、今同じ立場にいる人達が何かヒントになればいいなぁと思っています。

母として妻として、姉として、仕事をする女性として、また、会社の役員として・・・

いくつもの役目を日々しながら、私が気づいていったことなどをこれからも公開していこうと思います。

皆さん、健康であることに感謝しましょうね!
私もつくづく思うことです。

それでは本日のまちかんてぃーさせてしまったブログを、読んでいただきありがとうございます。

あっ!今ではまさのも一緒に仕事をしてがんばっています。





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