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占い師ストーリー24
2006/04/29 09:26:51 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 占い師になるまでのストーリー
おはようございます。
みどり町は朝から雨です。
今日からゴールデンウィークに入りましたが、皆さんはどのように過ごされる予定ですか。

それでは続編へ



主人の父が入院をし、私は家族の意見もあり、お見舞いにもいけないという話で昨日は終わっていました。

それが後になってものすごく後悔することになるのです。

また、父の入院で実は、主人の父もアル中だったことを知ったのです。

それから、3ヶ月が過ぎました。
9月のことです。
私の主人から電話が入りました。

「父が自宅で死んでいる・・・」

今、警察に保管されているので、検査が終わったら引き取りにきてほしいとのことという内容だったのです。

バタバタとお葬式も終わり、行事ごとにおじやおばが集まり、話をすることで徐々に島袋家のことがわかってきたのです。

お父さんは主人が小さい時から暴れていたそうです。
そのこともあり、主人が小さい時は、父から逃れるために何度も何度も引越しをしているという環境だったらしいのです。

主人が高校生の時に、

「自分が大学に行って社会人になったら、父と一緒に住むから離婚をしてほしい」

といって両親に離婚をさせたそうなのです。

その話を聞いた私は

「主人が社会人になって1年目にして私と結婚をしたので、父と一緒に暮らして面倒をみることができなかったのだろうか。」

と思って悲しくなりました。


主人と2人で、父の住んでいる1Kのアパートを片づけをするといって出かけました。
アパートの戸を開けると、最初に目に飛び込んできたのが真新しいまだ袖も通してないような背広だったのです。

そして、その背広のポケットを探ると1枚の紙が出てきました。
紙に書かれていた内容はというと

「待てど我が子の結婚式の知らせ   昭和61年4月19日」

なんとその日付は私達の結婚式の日でした。
父は私達の結婚式のことを知っていて、式に招待されると思い、新しい背広を購入して待っていたのです。どうみても貧しい生活なのに、息子の結婚式の為に父なりに準備をしていたのです。

私達は夫婦はその場で大泣きをしました。

その後、主人の姉から聞いた話なのですが、父は私達の結婚式に呼ばれることをとても期待して、楽しみにしていたようなのです。

それを聞いてとても悲しくなったのです。

父の日記もみつかり、内容を読んでいると、1人暮らしをしてとても寂しいということと、主人のことがおもに書かれていたのです。父は主人のことをとても期待していたようなのです。


でも、もっとびっくりすることがその前にあったのです。

父が亡くなる3日前のことです。
私はスーパーに買い物に出かけ帰ろうとすると、大雨が降っていました。雨が少し弱くなるまで雨宿りをしていた時のことです。

同じように雨宿りをしているおじさんがいました。
とても靴だけがぴかぴかに光っている人でした。
その靴はとても特徴があり、あまり見かけないデザインでした。
それだけがなぜか印象に残っていました。

主人の父と私が始めてあったのはなんと、亡くなって棺おけに入っている時が初対面だったのです。

しかし、見覚えのあるような顔なのです。
その時に私は、あの雨宿りのことを思い出したのです。

私は心の中で、まさか〜そんなことはないよね。と思っていました。

ところが・・・

家の片づけをしていて、なんとびっくり!!
あの雨宿りで、隣にいたおじさんが履いていたぴかぴかの靴とまったく同じものが出てきたのです。

今だにその時のおじさんが主人の父だったかはわかりません。

このことは私にとってとても不思議な体験でした。

その時から、もしも母がこの世を去る時には絶対に皆でみとどけようと誓ったのです。

平成12年12月22日。
主人の母はこの世を去りました。
その時には、ブラジルからお兄さんを、アメリカからお姉さん2人を、東京からは兄弟達を呼び、2週間私の家で待機をしながら、皆で母をあの世へおくりました。

その時は、皆でみとどけることができてとても良かったと思いました。

主人の母とも私はとにかく喧嘩ばかりをしている毎日でした。
まさか〜というくらいにです。

今では懐かしいです。

この続きはまた次回に。。。









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