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占い師ストーリーNO.4
2006/03/31 10:06:15 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 占い師になるまでのストーリー
おはようございます。
昨日は素敵なメンバー5名と那覇でお食事をしました。
会長におぐってもらいご馳走様でした。


うるま市は天気がよくぽかぽか陽気です。

最近私は、お友達のアルパンさんからクリスタルのことを教えてもらっています。(アルパンさんとは沖縄ではクリスタル専門店の先駆者の方です。そこのオーナーさんです)

1度沖縄にいらした時には立ち寄ってみるといいですよ。
新都心にお店がありますので・・・オーナーはとても素敵な方です。

今日の朝、三男のとみゆきが変な夢を見たといって私にくっついてきました。すると、娘も変な夢を見たといってくっついてきました。実は私も夢を見てて、寿司の夢なのですが。。。

いいことが毎日いっぱいなので、悪いことが起こらないように気をつけよ〜っと!

話変わっていつもの続編です。

私は名古屋の大学に行っている時、2年生の時のことです。
友達に理工学部へ遊びに行こうと誘われていきました。(私は商学部)
そこで運命の人と出会うことになるのです。
後に私の主人となるのです。

名古屋では大学の近くにある喫茶店カグラというところで、バイトを楽しくしていました。あまり喫茶店業が向いていなかったのか、いつも失敗ばかりをしていました。今では懐かしい思い出のひとつです。

大学の最初の頃は、13名の女性が住んでいる女子寮に住んでいました。
ある日、父親に「沖縄出身の彼氏ができたよ〜」と報告の電話をかけ、その場ですぐに彼(主人)に電話を変わりました。
すると、第一発の言葉が「同棲しなさい」だったのです。
私達二人はきょとんとしていました。
とても父親が気に入ってくれて、良かったです。

それからすぐにアパートの敷金と礼金を送ってもらい同棲生活がスタートしました。

後で聞いた話ですが、そのお金は妹のお金だったらしいのです。
後に全額返す羽目になるのですが・・・

ちなみに、大学4年間で使ったお金は、卒業すると同時に毎月いくらと決められ、親に回収されていました。

3年間で払い終えましたが、次は育てた資金といって毎月いくらと回収ています。

なんとすばらしい親孝行の娘なんでしょう。ちずちゃんは。。。

本日はこの辺で

楽しい週末を過ごしてくださいね。






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占い師ストーリーNO.3
2006/03/30 13:39:49 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 占い師になるまでのストーリー
uppic 皆さんいつもブログを見ていただきありがとうございます。
昨日はEMウェルネスセンター&ホテル コスタビスタ沖縄に健康測定へ行ってきました。

最近のブログで「命の関わるデブ」という内容を更新しましたが、それがなんと昨日の測定で証明されてしまいました。

フラフラ(((。o・))))((((・o。))) メマイガ・・・

ちょっとドキッ!

(-^〇^-) ハハハハ

これからは健康に意識をして、日常の食生活を考えていこうと思います。

話し変わって、占い師になるまでのストーリー10代の続編です。

妹と貯めたお金¥12,000,000にプラス農協からの借り入れ¥6,000,000で実家の2階を増築し塾をスタートさせました。
しばらくして、私は名古屋の大学に進学し、沖縄を離れます。
妹も塾が繁盛してとても上手くいっているようでした。

ある日、突然に母から電話が1本入ります。
その時は私は大学2年生。妹は19歳でした。

電話の内容はこうです。
「妹が父親よりも4つ年下の彼と結婚する」といって、父に塾から追い出されてしまい、妹は実家から200mしか離れていない別の塾でまがりをしているというのです。

私は
「はっ???新しく増築した建物があるのにぃ〜」と思いつつ、
しかし、話はこれだけではなくなんと9月には子供も生まれるというのです。

私は母親の電話の内容だけを聞いているので、あまり状況がわからず、ただただ心臓がドキドキしていたことを鮮明に覚えています。

それから父親はアルコールが倍増して、弟2人はいつも車の中で眠るということが続いていたそうなのです。
この年は荒れに荒れた1年だったようです。平川家は・・・

その翌年の夏休みに沖縄へ帰ると(飛行機がとても怖いので年に1回しか帰らない)とにかく、妹の子供がみたくてみたくて、空港からすぐさま妹の家へ行ったのですが、生まれた子は喘息をもっていて、病院に入院している状況だったのです。
病院へ行き子供を見たときは、とても虚弱体質でした。
それから、しばらくして退院をして私が実家に連れて行き、遊ばせていると、父親が帰ってきました。

母がすぐに私に「早くその子を抱いて逃げなさい!」というのです。私は「なんで〜関係ないさぁ〜」と言ってその場から動きませんでした。
父親が近くに来ると、その子はいきなり父親の顔をみて「じぃーじぃー」というのです。その時は1歳になったばかりでした。
私は、心の中で「あいや〜おじーってわかるんだね〜」と思って胸が熱くなってしまいました。

父親は妹の子とわかりながら、その子が抱き上げて「あんたは誰の子ね〜」というのです。
それが妹の子 孫との最初の交流の始まりでした。

私が「とても喘息がひどいんだよ〜」というと
「コーラー飲んだら治るよ〜」というのです。
私は「まさか〜・・・ありえないよ〜」というと、お店からコーラを持ってきて1歳の孫に飲ます始末。

父親と孫を対面させたその日からなんと、その子の喘息がぴたっと止まったのです。
病院の先生や看護婦さんもびっくりして、「こんなことってあるのかねぇ〜」ととても不思議がっていました。

それから父親は孫と遊びたい一心で、妹が2階の塾で仕事をすることを許し、アパートを実家から1分以内のところに探して引越しをさせてしまったのです。

なんて波乱万丈の平川家でしょう。
妹の気持ちもわかるような気がします。
この家の環境から早く出て行きたかったんでしょうね。

私はその頃、親元を離れ、名古屋で4年制大学をエンジョイしていました。

続く・・・


(o・・o)/~マタネェ


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uppic uppic

占い師ストーリーNO.2
2006/03/29 11:11:28 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 占い師になるまでのストーリー
おはようござんす。
今日はみどり町のサイババの情報をお伝えします。
このタイトルを聞いたら、ものすごいことが起きたのかと思いますよね。

ハイハイ

起こってしまいました。

やっぱり努力だけのダイエットではダメだと思い、どうにか健康デブを目指すということで、あらゆるサプリメントを購入したのです。
12錠のカプセルを朝昼晩飲むことになります。

そして起こってしまいました。

サイババ現象が・・・

えっ!

朝一番のお客様の時のことです。
飲んで胃に落ちたはずのカプセルが、なぜ喉に詰まっていたのです。
お客様にアドバイスをしようと話しかけた時、突然に私の口からカプセルの中味である粉が口から吹き出したのです。
それをみたお客様が

「先生!今のはなんですか?金粉ですか?」と

お客様は目が点・・・

私は「あら、やっぱり胃に落ちてなかったのね。サプリメントが喉に引っかかっていたのよ」と話したのです。

お客様はその話をしても金粉が私の口から出たと思ったらしいのです。

すると、その状況を側でみていた弟子の和田に

「千鶴子さん〜これではみどり町のサイババですよ〜」と言われ皆で大笑いでした。

島袋千鶴子は占いを真面目に行っていますので今後ともよろしくお願いいたします。

話変わって昨日の話の続きです。
やっぱり旧姓の平川家の一番の悩みは、父親が酒飲みということでした。しかし、前にも話したように父親の趣味は私の世話をすることでした。私だけは、部屋にものすごく素敵な、父親が見立ててくれた家具が勢ぞろい。洋服は毎月のように新しい物を買ってくれました。これは、普段父親が酒をのんでいるのでお詫びなのかと思うくらい、裕福に育ててくれたことは確かです。

妹が高2、私が高3、弟達が小学生の時に妹が突然

「来月から習字教室(すでに免許取得していた為)を経営する」と言い出したのです。
「月水金は習字教室で、火木は学習塾をやろう」と言ったのです。
今のままでは、毎日が親が酒を飲んで暴れ、面白くないから早く自立したいというのです。

そして、2人で話し合って来月から始めることにしたのです。
スタート時から生徒がなんと60名。
高校を卒業する頃には、生徒が3倍になり180名にもなっていました。
ところが、私が大学進学をすることになり妹が(高3)
「大学進学するのを後1年お金を貯めてからいかない?」と相談してきたのです。
私は1年浪人をして大学に行きました。

2人で自立をするという妹の誘いに乗りましたが、後で聞くと
「自宅で教室をやっていたら、少しでも父親が気をつかってお酒を控えてくれるのではないかと思って・・・」という考えだったようなのです。

とんでもございません。輪をかけて本人まではしゃいで、毎日がベロベロ状態。

でも母親の先見の目があったのか、妹は学生時代から月2回滋賀県の日本習字連盟のかんぽう先生のところへ通っていました。
妹は高校を卒業すると、半年間習字教室を休みにして、滋賀県に住み込みに習字を習いに行っていました。

私達は教室以外にも夜は、スナックで働くお母さん方の子供を夜間預かる仕事もしていました。
それで、妹が卒業して2人で貯めたお金が¥12,000,000になっていたのです。
そのお金で実家の2階、25坪を新しい教室にして新たにスタートしたのです。

この続きはまだまだ続きます。

お楽しみに。。。

ゲホッ!

オッ!

もしやサイババ現象がまた・・・



と・・・



思ったら、ただのゲップでした。
失礼しました。

それでは、本日も楽しい1日にしていきましょう。

また明日お会いしましょう。


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占い師ストーリーNO.1
2006/03/28 09:28:29 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 占い師になるまでのストーリー
おはようございます。
最近、私事ではありますが、子供達が一緒に眠りたがらない。
次男のあきよし君だけが一緒に寝てくれます。
彼はものすごく眠りの深い子。一度寝るとなかなか起きないという子。
しかし、昨日はそのあきよし君が夜中に起きて、トントンと私の頭をたたいて起こされてしまいました。
「どうしたの?」と聞くと
彼は「もぉーいびきがうるさい!!」と言われ
私は「まさか〜こんな可愛いプリティーのママがネェ〜」
私がいびきをかくなんて・・・
それも深い眠りの子を起こす程のいびき。。。

話変わって昨日のブログの続きを書きます。
前にも話したように、私の兄弟は、みちよという次女となおきという長男、やすしという次男の4名兄弟。父親はせいこう、母親ははるこの6名家族。
父親は祖母がとても有名な「平川のおばーといわれる昆布(地名)のユタ」でした。
父親は、農業では沖縄で賞を取るほどのパイナップル、サトウキビの大農家の息子でした。

おじいちゃんは平成9年に亡くなり、父親の実母は只今91歳。
5年前までは区のマラソン大会にも参加するほどの、ちょー元気おばーです。
今は、年に1回人間ドッグに入るおばーです。

私が小さい時は、父親はものすごく酒飲みでしたが、翌日はちゃんと仕事にいくという真面目なアル中でした。

兄弟4名はどうにか高校を卒業したら、親元を離れるということがみんなの希望でした。
酒を飲んでは、大きな声を出すので、ゆっくり休んだという記憶が10代の頃にはあまりありません。
このことばかり話すと、とても不幸に思うかもしれませんが、この父親の趣味が、私の制服と靴を毎週洗い、毎日の日課は私の夕食を作るということでした。

ごはんを食べながらいつも

「大きくなったら何になる?」と聞くのです。
小学3年の頃には「占い師になる」というと
父親は「他の仕事をしてある程度成功してから、占い師になった方がいいよ。あなたは大学を卒業して、まずは塾の先生になりなさい。」というのです。
また、次女である妹は3歳から書道を習っているので、(親の薦めで)書道の先生になりなさい。そして、あなた達2人が社会人になって、稼いだお金で下の2人の弟のことをみなさい。というのが酔っぱらった時の口癖でした。

私と妹の職場の場所を父親は、私が5歳の時に中学へ歩いて1分、小学は5分以内でという立地の場所の土地を購入したと話をしていました。

まぁ〜こういう話をすると、酔っ払いでもしっかりした父親でいいと思うかもしれませんが、毎日大きな声で怒鳴ったり、話したり、とても大変だったのです。今でもそれは変わらず、もっとひどいですがね〜

後はもうおかしくて笑うしかないですよね〜
これがきっかけで、私の人生は22歳から35歳までは塾の経営。35歳から今に至りますが、占いの会社を経営というストーリが始まっているのです。

本日はこの辺で

明日をお楽しみに!!




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占い師の生い立ち
2006/03/27 11:36:53 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 プライベート
みなさんおはようございます。
週末はゆっくりできたでしょうか。

本日より、島袋千鶴子が今に至るまでのプロセスをブログで書いていこうと思います。

まずは、幼少の頃の話から・・・

プロフィールにも書いていますが、現在私は三男一女の子供がいて、同じ年の夫がいます。
また、すぐ下に妹がいて8歳、10歳年下の弟2人がいます。
父親は勤続43年の軍雇用員でした。虎年の68歳。
母親は私が生まれる時から12年間5人の社員を抱えテーラー(洋裁店)を経営していました。
その後、私が小学5年生の頃からは「平川ストア」というお店(雑貨商)を経営。
これだけ見たら、平凡な家庭にみえます。
が。。。
父は私が生まれる時からか、以前からかは定かでないのですが、気がついたら真面目に働くアル中でした。
で、毎日家族でいつ酒をやめるかという会議を行っている日々でした。

長男、次男が生まれる時は、当時10歳の私が命名をし、オール吉の画数をつけてあげました。
今思えば現在私が占い師としてあるのも、小さい時からのこのような経験があったからのような気がします。

毎晩長男が夜鳴きをするので、母が長男をあやしている時は、次男を私の部屋に連れていって寝かすという環境で過ごしていました。
そのせいなのか、長男は母親の子、次男は私の子みたいなようなものなのです。

今日ここで話すには長くなるので、これから何回かにわけてはなしていきます。
朝起きて久々に小さい頃のことを思い出しました。
懐かしいというか、怖いというか、私は長男が1歳半の時に与那城という場所に何故か2人で行き、その時は私は小学3年生です。海を見るといってバスで出かけてのです。そこの海は岸壁で10m位の高さがあったでしょうか。そこへ1歳半の弟を座らせ、私は海を眺めていました。
すると、釣りをしているおじさんが「あなたは何をしているの?」と突然走ってきて、弟を抱っこしてその場所から離れたのを覚えています。
「落としたら死んでしまうよ〜」といわれ、
私は「はっ!」と気がついたことがあります。

また、数日後には天願川というところへ遊びに行き、岩の上に弟を座らせ、自分は反対側の岸に歩いていったことを覚えています。
その時もおじさんが来て「あぶないよ〜」と抱っこをして岩から下ろしたのを思い出しました。

この出来事は親に内緒にしていたのですが、ある時自分の家から3分くらいのところにある中学校の池(深さ2m)の近くで妹と弟が遊んでいて、そのときは私は200mも離れたところにいたのですが、妹の悲鳴が聞こえたような気がして、走って行ったら、その池に弟が落ちたらしく、姿が見えないのです。
妹は震えていて、「弟が落ちた」というばかり。
私はすぐに池に飛び込んで、中を見たら真っ暗。が、髪の毛らしいものが見えそれを掴んで池から出たことを鮮明に思い出したのです。
弟は息をしてなくて、その時の当直だった先生が駆けつけ介抱をして一命を取り留めたました。

その頃は12月31日というとても忙しい時期。
母親の仕事が忙しく、私達が下の子を子守している時期でした。
この「池にはまった事件」のことが親に知れ、怒られて親戚中、近所中に話が広まり、毎日人に会うと怒られていました。
その時に、私がみんなに言った事が
「実は前にも海に落ちそうになったり、川に落ちそうになったりしたけど、今回は私の助けられる範囲でよかった!!私って幸運だ!」と言い終わるや否や、親の往復ビンタが飛んできました。

でもこの時に、小学3年生の作文で今後この弟に何があっても、一度助けた命だから、命に関わらないことであれば私が助けると書いて賞をもらったことがあります。

でも言霊ってあるんでしょうね。
助けるつもりが少しなんぎをしています。

あっ!こんなことはいっていけません!!キャンセルキャンセル
兄弟助け合っていきます。

今日はこの辺で

皆さん楽しく1日を過ごしてくださいね。
明日をお楽しみに!!



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