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-月の東京鑑定のお知らせ


日曜日は健康チェック!!
2006/04/30 10:06:30 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 プライベート
おはようございます。
今朝は太陽が顔を出していて、天気がよさそうです。

先週はお休みをとっていたということもあり、家の大掃除をして過ごしていました。
掃除をしてきれいになっていくと、気持ちのいいものです。

話変わって、今日は汗についてお話します。

現代人は汗腺機能が退化しているといわれています。
人はなぜ汗をかくのでしょうか。
それは、体温を保つためなのです。知っていましたか?

夏場はどこへ行ってもクーラーがかかっています。
また、運動不足の人も多く、体温を調整するための汗をかかなくなっているようです。

私達の身体には汗腺が500万もあります。
ほとんどの人が、その半分以上が休眠状態であることがわかっています。
汗をかく機会が少なくなると、機能する汗腺の数もさらに減ってしまします。

このような状況にある私達の汗腺。

正しい汗をかくために汗腺を鍛えるようにしましょう。
最近では、岩盤欲ブームです。そのような場所にいって汗を出すのもいいでしょう。また、フィットネスクラブへでかけて、運動することもいいですね。

しかし、なかなか時間がとれないという方は、家で毎日汗腺トレーニングをしてみましょう。

トレーニング前にまず、500mlの水を半分飲みます。
湯船に43〜44度位の熱い湯を、深さ20cm程溜めます。
浴室椅子を入れて座り、ひざから下と、ひじから先までを湯につけます。この姿勢を10〜15分キープします。

もしも、この姿勢が苦しい時は、手や足だけを1日ずつ交互におこなってもよいです。


汗の豆知識

良い汗
サラサラ
小粒
全身にかく
ほとんど味はしません

悪い汗
ドロドロ
流れるような大粒
顔や脇に部分的にかく
しょっぱい


汗をかくことはとても大切なことです。
1日1回お風呂を入る時にでも、汗をかく習慣をつけるようにしょましょう。

               (BODY PLUS 参考)

それでは良い休日をお過ごし下さい。






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占い師ストーリー24
2006/04/29 09:26:51 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 占い師になるまでのストーリー
おはようございます。
みどり町は朝から雨です。
今日からゴールデンウィークに入りましたが、皆さんはどのように過ごされる予定ですか。

それでは続編へ



主人の父が入院をし、私は家族の意見もあり、お見舞いにもいけないという話で昨日は終わっていました。

それが後になってものすごく後悔することになるのです。

また、父の入院で実は、主人の父もアル中だったことを知ったのです。

それから、3ヶ月が過ぎました。
9月のことです。
私の主人から電話が入りました。

「父が自宅で死んでいる・・・」

今、警察に保管されているので、検査が終わったら引き取りにきてほしいとのことという内容だったのです。

バタバタとお葬式も終わり、行事ごとにおじやおばが集まり、話をすることで徐々に島袋家のことがわかってきたのです。

お父さんは主人が小さい時から暴れていたそうです。
そのこともあり、主人が小さい時は、父から逃れるために何度も何度も引越しをしているという環境だったらしいのです。

主人が高校生の時に、

「自分が大学に行って社会人になったら、父と一緒に住むから離婚をしてほしい」

といって両親に離婚をさせたそうなのです。

その話を聞いた私は

「主人が社会人になって1年目にして私と結婚をしたので、父と一緒に暮らして面倒をみることができなかったのだろうか。」

と思って悲しくなりました。


主人と2人で、父の住んでいる1Kのアパートを片づけをするといって出かけました。
アパートの戸を開けると、最初に目に飛び込んできたのが真新しいまだ袖も通してないような背広だったのです。

そして、その背広のポケットを探ると1枚の紙が出てきました。
紙に書かれていた内容はというと

「待てど我が子の結婚式の知らせ   昭和61年4月19日」

なんとその日付は私達の結婚式の日でした。
父は私達の結婚式のことを知っていて、式に招待されると思い、新しい背広を購入して待っていたのです。どうみても貧しい生活なのに、息子の結婚式の為に父なりに準備をしていたのです。

私達は夫婦はその場で大泣きをしました。

その後、主人の姉から聞いた話なのですが、父は私達の結婚式に呼ばれることをとても期待して、楽しみにしていたようなのです。

それを聞いてとても悲しくなったのです。

父の日記もみつかり、内容を読んでいると、1人暮らしをしてとても寂しいということと、主人のことがおもに書かれていたのです。父は主人のことをとても期待していたようなのです。


でも、もっとびっくりすることがその前にあったのです。

父が亡くなる3日前のことです。
私はスーパーに買い物に出かけ帰ろうとすると、大雨が降っていました。雨が少し弱くなるまで雨宿りをしていた時のことです。

同じように雨宿りをしているおじさんがいました。
とても靴だけがぴかぴかに光っている人でした。
その靴はとても特徴があり、あまり見かけないデザインでした。
それだけがなぜか印象に残っていました。

主人の父と私が始めてあったのはなんと、亡くなって棺おけに入っている時が初対面だったのです。

しかし、見覚えのあるような顔なのです。
その時に私は、あの雨宿りのことを思い出したのです。

私は心の中で、まさか〜そんなことはないよね。と思っていました。

ところが・・・

家の片づけをしていて、なんとびっくり!!
あの雨宿りで、隣にいたおじさんが履いていたぴかぴかの靴とまったく同じものが出てきたのです。

今だにその時のおじさんが主人の父だったかはわかりません。

このことは私にとってとても不思議な体験でした。

その時から、もしも母がこの世を去る時には絶対に皆でみとどけようと誓ったのです。

平成12年12月22日。
主人の母はこの世を去りました。
その時には、ブラジルからお兄さんを、アメリカからお姉さん2人を、東京からは兄弟達を呼び、2週間私の家で待機をしながら、皆で母をあの世へおくりました。

その時は、皆でみとどけることができてとても良かったと思いました。

主人の母とも私はとにかく喧嘩ばかりをしている毎日でした。
まさか〜というくらいにです。

今では懐かしいです。

この続きはまた次回に。。。









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占い師ストーリー23
2006/04/28 09:23:02 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 占い師になるまでのストーリー
おはようございます。
今朝は雨模様です。

早速昨日の続編です。
平成10年4月より日印会の総代理店ということでてぃだ沖縄はスタートします。
塾は主人の方に任せることに。。。
和田も社員として加わり、本格的に島袋千鶴子が占い師として歩きだしたのです。

1年で会社はある程度軌道に乗ります。
平成11年11月には会社を法人化し有限会社てぃだ沖縄になりました。

まさか、自分の娘が話していた通り占いの会社になるなんてびっくりです。
ビックリするのはそれだけではありませんでした。
前に手相をみせた話をしました。そこで、土地を購入すると言われたいました。

平成10年8月26日この日は、私の誕生日。
その日に会社の土地を買うことになったのです。

今まで色々な話をしてきました。
とんとん拍子にきているような印象を受けると思いますが、その裏では、様々なことがあったことも事実です。

それでは、過去に振り返って話してみることにしましょう。

主人と私が出会ったのは、20歳の頃。
主人を始めてみた時には、どこかのお坊ちゃまかと思うくらい裕福そうな感じでした。

主人と付き合い出し1年目の大学の夏休みのことです。
2人で沖縄に帰ることになります。
沖縄に着いたら、彼のお母さんに会うことになっていました。

空港に着き、私たちは真っ先に主人の実家へ向かいます。
そして、実家に着きびっくりしたのです。
1年くらい付き合っていたので、薄々気がついていたのですが、しっそというよりは、貧しいという感じの家だったのです。

彼の実家では母と姉の2人暮らしでした。
家族構成はというと、姉が5名、兄が1人という中の末っ子でした。話を聞くと、母は再婚で2人の子供を連れての結婚だったようなのです。

大学では、彼は実家から仕送りをしてもらうわけでなく、自分でアルバイトをして学費と生活費を稼ぐという日々を過ごしていました。

夏休みも終わり、彼の育った環境を知ることになりました。
私は今までゆったりとした大学生活をしていたのですが、彼の学費を一緒になって稼ごうということになり、2人でがんばってアルバイトを始めたのです。
(たまに妹がお金を仕送りしていたました。)

それから3年が絶ちました。
2人は無事に大学も卒業することができました。
卒業と同時に沖縄へ帰ることになります。

主人は設計士の免許もとっていたので、その道で仕事することになりました。
私はというと、妹の支えもあり、また平川塾で仕事を復活させたのです。
これは23歳の時の話です。

高校の時から妹と塾の経営をしていた話は前にもしましたね。
私が復活して戻る頃には、塾も増築もされ、恵まれた環境でのスタートをきることができたのです。

が・・・

なぜか私はこの環境を幸せに感じることができなかったのです。
今思うと、若いということもあり人間ができてなかったのです。

その理由の一つに、父のアル中がありました。以前に比べてひどくなっていたのです。

毎日酔っ払っては大騒ぎをする毎日をみることになっていました。

主人にはこのことは話していませんでした。

沖縄に戻り、仕事もスタートして新しい生活がスタートしていたのですが、ある時、実は主人の父もアル中であることを知ったのです。

ものすごく複雑な家庭だったのです。
私は主人の家族からはあまり好かれていませんでした。

早く結婚すると困るといわれていたのです。
70歳にもなる母が1人暮らしをしていて、その母を主人に面倒をみてほしいということだったのです。

私達は、大学を卒業して、仕事を始めるとすぐに母に仕送りをしていました。

先ほども話しましたが、主人の家族からは好かれてないといいましたが、私がものすごく大嫌いだったのです。

特に母が・・・

私が24歳の時に結婚することになります。
主人方の方からは早すぎると何度も言われていたのですが、それを振り切って結婚の話をすすめていったのです。

とても大きな結婚式になり、招待客も400名近くになっていました。
主人は、高校の時に両親が離婚をしていました。
それで、父には結婚式のことを知らせていませんでした。

結婚式を終え、3ヶ月が過ぎていました。
ある病院から主人に電話が入ったのです。

主人の父が具合が悪く、入院しているというのです。

私は、主人の家族からの意見で父に会うことができず、お見舞いにもいけませんでした。

今思うと、強引にでも行けばよかったと後悔しているのです。

それは・・・

この続きはまた明日。


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占い師ストーリ22
2006/04/27 07:45:09 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 占い師になるまでのストーリー
おはようございます。
今日は天気が良さそうです。

昨日の続編です。。


和田と出会うことになり、何かが動き始めているのを私はまだ知りません。

何日か経って、印鑑屋さんの社長が私の勧めで、動物占いのハードソフトを300万で購入しました。

1枚1,000円で、1人6,000円程で販売開始。
しかし、まったく売れないと話すのです。

私の考えでは、印鑑屋さんなら多くの顧客がいて、アフターサービスであげても引き合うと思ったのだけどなぁ〜と思っていました。

私はその会社の顧問もしていて、今回購入したソフトは、私の勧めでもある為、社長にアフターのことを話すのですが、人は考え方が違うもので、なかなか聞き入れてくれなかったのです。

その後何日かして、また和田さんが会社を尋ねてきました。

エステ以外に他の仕事がしないとお金が回らないと話すのです。
そこで、私は、動物占いのことを思い出し、システムのことを伝えて、300円で仕入れて1000円で売りなさいと勧めたのです。
更に、たくさんの友達がいるのなら、5名位の人を使って、相手には700円で卸して、1000円で販売するという風にしてみたらどうかという提案をしたのです。

彼女はやってみたいということで、翌日そこの社長に話をしてOKが出たのです。

なんと1週間で800名程の注文をとってきてびっくり!!

また、もっとびっくりする事がその時に起きたのです。

印鑑屋さんの顧問を務めている私は、定例会議に出席。
そこで、社員の売り上げを確認するのです。
すると、うちの主人が月の売り上げの半分を占めているのです。
その時社員は全部で16名。
私はもうびっくり!!

社長は社員に対して、活を入れていました。
しかし、私はその活の入れ方に対して、なぜだか注意をしてしまったのです。

すると、社長は動物占いのソフトについて触れてきたのです。
その話の内容はという、

「どうして、あなたが私から300円で、和田さんに700円で渡しているのですか」というのです。

私は
「自分とはまったく関係なく、これは和田さんの仕事でということで社長も納得したのじゃなかったのですか」といいます。

しかし、どうもその時、社長は私の態度が気に入らない様子。
そして、社長は私に

「あなたのご主人が言っていたけど、あなたはものすごく頭がいい人だと話していたけど、今日のこのことはほんとかしら・・・」

私は頭の先から爪先までその言葉を聞いて、気が変化するのを感じてしまいました。
占いの仕事を張り切ってやっていたのに、それからというものスランプになっていくのです。

しかし、島袋千鶴子の周りではほんとうに不思議なことばかり起こります。

本土の社長の紹介で、印鑑屋さんを紹介してもらい、沖縄総代理店にならないかと話が入ってきたのです。

その時、ふと和田さんのことを思い出します。
そして、「800名以上の注文をとってきてがんばっている彼女にできなくなったということを話すのは、借金を抱えている手前、話すことができない」と思ったのです。

そして、この代理店の話を彼女にすることにしたのです。

すると、彼女は
「私を社員にして下さい」と言ったのです。

それから更に
「総代理店になって占いの会社をつくりましょう」というではありませんか。

和田が私の一番弟子になる瞬間でした。そして、てぃだ沖縄が誕生したのです。

それからてぃだ沖縄は印鑑屋さんというよりは、占いの総合会社に、個人鑑定、企業鑑定、イベント企画、印鑑鑑定と会社が動き始めたのです。

今までお世話になった社長には
「私達には今、どうしてもお金が必要だし、子育てもしないといけなく、独立をさせて下さい」と話して、食事会までもうけてもらい新しいスタートをすることになったのです。

本当にわがままでありましたが、社長の会社のお陰で今の私達があります。振り返ると、感謝ですね。

この続きはまた明日・・・





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占い師ストーリー21
2006/04/26 11:04:51 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 占い師になるまでのストーリー
おはようございます。
みどり待ちは雨模様です。

私は今日から日曜日までの5日間、お休みを頂き、家の掃除や昔懐かしい写真の整理、エステに行ったりと自分の時間をつくろうと思っています。

ルンルン!!


月曜の話の続きをします。
印鑑屋さんの社長に誘われ、流れに任せていくと、気がつくとなぜか主人が印鑑屋さんになっていたのです。

私の方が反対したにも関わらず、日々のお客様がいっぱいになっていくということをお話しましたね!

それから、3ヶ月くらいが過ぎ、夫婦でてぃだ沖縄をスタートさせます。あっという間に毎月のお客様が100名以上になります。

その後、ある人と出会うことになり、私の人生はどんどん変化していくのです。

あれは忘れもしない、平成9年12月のことです。
私の行きつけのエステの先生が

「今、とっても生きていけない程困っている人がいるの。ぜひ会って頂きたいのですが・・・」

その人を紹介したいというのです。
よく話を聞いてみると、ご主人が事業を失敗して3700万の借金を抱えているというのです。

私は会いましょうということになりその方と会うことになるのです。
この人こそが、後の私の一番弟子になる人だったのです。
それには、まったく私も気づいていませんでした。

今思うと、運命、運勢、人生とは面白い展開になるものです。

それから、数日してその彼女に会います。
会ってみると「あら?生きていけない程・・・といっていたけど〜何が生きていけないというのかしら???」と、思うほど明るい女性だったのです。

それが私の第一印象でした。

話を色々していくうちに、3700万もの借金があるにも関わらず、家族誰一人として知らないというのです。

私は「まさか〜どうして返済をしているの?」と尋ねると、
彼女は「回して回して回して後は回らなくなってしまったのです」と言うのです。

「世の中にはこんな人もいるのか???」と島袋千鶴子は????で、不思議な人だなぁ〜と思っていました。

それから時が過ぎ、年も暮れる頃に、突然アポなしで彼女が尋ねてきたのです。

私をみるなり「えっ!珍しい先生〜今日はいるのですね〜先生少しいいですか?」と言って事務所へ上がってきたのです。

4時間くらい話し込んでいたと思います。
その時は、パパと八神純子のディナーショーに行くことになっていたのですが、あまりの彼女の話しに、ディナーショーがあるなんてことをいえない状況だったのです。

話をしている間の彼女は至って表情も明るく、暗い話なのかなぁ〜と思っていたのですが、私が見る限りでは「本当に生きていけないの?」とわからなくなる位に明るかったのです。

気学の占いや姓名判断を何年も前から勉強をしていて、彼女自身が占いがとても大好きだというのです。

彼女は3人の社員を雇いエステを経営していたのです。

それが、今てぃだ沖縄にいる私の一番弟子"和田真弓”との出会いだったのです。

この続きはまた明日・・・

外は雨が降っていますので、気をつけて車の運転はしてくださいね!

千鶴子は休日をエンジョイしますね!
ワクワクしてます。




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