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占い師ストーリーNO.1
2006/03/28 09:28:29 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 占い師になるまでのストーリー
おはようございます。
最近、私事ではありますが、子供達が一緒に眠りたがらない。
次男のあきよし君だけが一緒に寝てくれます。
彼はものすごく眠りの深い子。一度寝るとなかなか起きないという子。
しかし、昨日はそのあきよし君が夜中に起きて、トントンと私の頭をたたいて起こされてしまいました。
「どうしたの?」と聞くと
彼は「もぉーいびきがうるさい!!」と言われ
私は「まさか〜こんな可愛いプリティーのママがネェ〜」
私がいびきをかくなんて・・・
それも深い眠りの子を起こす程のいびき。。。

話変わって昨日のブログの続きを書きます。
前にも話したように、私の兄弟は、みちよという次女となおきという長男、やすしという次男の4名兄弟。父親はせいこう、母親ははるこの6名家族。
父親は祖母がとても有名な「平川のおばーといわれる昆布(地名)のユタ」でした。
父親は、農業では沖縄で賞を取るほどのパイナップル、サトウキビの大農家の息子でした。

おじいちゃんは平成9年に亡くなり、父親の実母は只今91歳。
5年前までは区のマラソン大会にも参加するほどの、ちょー元気おばーです。
今は、年に1回人間ドッグに入るおばーです。

私が小さい時は、父親はものすごく酒飲みでしたが、翌日はちゃんと仕事にいくという真面目なアル中でした。

兄弟4名はどうにか高校を卒業したら、親元を離れるということがみんなの希望でした。
酒を飲んでは、大きな声を出すので、ゆっくり休んだという記憶が10代の頃にはあまりありません。
このことばかり話すと、とても不幸に思うかもしれませんが、この父親の趣味が、私の制服と靴を毎週洗い、毎日の日課は私の夕食を作るということでした。

ごはんを食べながらいつも

「大きくなったら何になる?」と聞くのです。
小学3年の頃には「占い師になる」というと
父親は「他の仕事をしてある程度成功してから、占い師になった方がいいよ。あなたは大学を卒業して、まずは塾の先生になりなさい。」というのです。
また、次女である妹は3歳から書道を習っているので、(親の薦めで)書道の先生になりなさい。そして、あなた達2人が社会人になって、稼いだお金で下の2人の弟のことをみなさい。というのが酔っぱらった時の口癖でした。

私と妹の職場の場所を父親は、私が5歳の時に中学へ歩いて1分、小学は5分以内でという立地の場所の土地を購入したと話をしていました。

まぁ〜こういう話をすると、酔っ払いでもしっかりした父親でいいと思うかもしれませんが、毎日大きな声で怒鳴ったり、話したり、とても大変だったのです。今でもそれは変わらず、もっとひどいですがね〜

後はもうおかしくて笑うしかないですよね〜
これがきっかけで、私の人生は22歳から35歳までは塾の経営。35歳から今に至りますが、占いの会社を経営というストーリが始まっているのです。

本日はこの辺で

明日をお楽しみに!!




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