母の様態
2009/11/30 20:26:46 |
メンタル&宗教 |
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これもとても良いサウンドだと思います。
和風っぽいのは何でも良く聞こえる最近です。 ところで、今日もおふくろがダウンした。 しばらく元気さを取り戻していたのですが、 いきなり悪寒が襲って来て、夕方まで死にそうになっていました。 昼間2時間ほど家を空けていた合間に襲ってきたようで、 ふとんもオシッコでびっしょりです。 慌てて座薬を買いに薬屋に行ったら、 それはもう薬屋では売れなくなったから病院に行って欲しいとのこと。 結局座薬を手に入れるために1時間もかかってしまった。 病院の先生に面会する目的で行ったわけでは無いのに、 融通が利きません。 風邪が3週間も続くとは思えないし、 胆のうの病気とも言えないし、結局未だに良く分りません。 熱が40度Cあたりになって意識不明的になってくると 常に迷います。 担いででも病院に連れていくか、救急車を呼ぶか、 それとも自宅療養にするかです。 何度も入院させましたが、2日でケロッと治ったりする不思議な病気でして そのムラっ気が説明できませんね。 2日で症状が回復しても、病院は帰してくれないですよ。 検査ということになって、1週間は縛られます。 そのパターンを母は大変嫌がるので、今回もそうだろうと思って 自宅で対処しましたが、手遅れにでもなったらどうするんだという 思いが交錯してきます。 もう88歳ですから、いつあの世に行っても不思議でないだけに 意識不明的に寝込んでしまうと、もう終わりかとつい思ってしまいます。 そのときはさすがに親不幸だったなあ・・・という感慨が湧いてきます。 3か月に1回親の葬式を意識する感じで、もう本当に参ってしまう。 もう10年近くこのパターンですから、何度葬式を意識したか? 反省回数は相当なものです。 しかしこのブログでも言っているように、 だからとにかく余計なことは考えないようにする訓練をしています。 だからとにかく集中する訓練をさせられています。 人が1日かけてやる仕事を1時間でやる訓練をさせられているということで ポジティブに受け取るようにしている。 まあ夕方近くになって熱が治まってきて、 なんとか快復に向かっている気もしますが、 2週間前にもやっていますから今回は油断出来ない状況です。 コメント(0) トラックバック(0) |
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幸福とは
2009/11/30 01:27:17 |
メンタル&宗教 |
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という講演会があったので、昨日の日曜日聞いてきました。 長年の知り合いの講演会だったのですが、 さすがに勉強家だけあって、いろいろ勉強になりました。 興味深いのは、 「何故あなたは不幸なのか?」 という全国的なアンケート調査があって、 年収が1500万円以上になると、資産の額が増えるに従って 幸福度が薄れていくデータが出ていた点です。 新聞社やテレビがやるような淡泊なアンケートでなく学術調査として 調べ上げているリサーチリストなので多少参考にはなりました。 検索するとPDF資料が見れます。 面白く肝心な点は、年齢とともに幸福度は薄れていく点で、 最後は不幸な状態で死んで行くのがほとんどであろうということです。 それは悲しく、怖く、不安に満ちているわけですから。 20代、30代、40代と年齢が行けば行くほど いろんなしがらみに縛られて窮屈な人生になるようです。 特に他人の生活が気になる傾向の、周囲と比較するタイプほど 不幸感は強いようです。 きっと隣の芝生が青く見えるんでしょう。(^^;) ところでアンケート調査の限界と言えば、 全て対象が条件になっている点であるし、そこが今風の学問の世界の 短絡性ではあります。 なぜなら本当の幸福感というのは、対象を持ちません。 こういうことだから私は幸福だと思うと、 いずれ崩れ去るからです。 最後は死の恐怖が待っています。あるいは全てとの別れは悲しく虚しい。 ですからここで言うように、 幸福は気持ち次第だと思ったほうが賢いです。 と多少は誰でもそう考えはするのですが、じゃあそれが本当に出来ているか? と尋ねると、なかなかそう思えない、出来ていない(不幸)という 正直なアンケートデータすら出ているから面白いです。 これは幾ら気持ち次第だと強がっても 所詮は強がりであって、本音は虚しいものを相当引きずっているからでしょう。 そう思わないとやってられないからそう思うようにしているだけで、 だけどもそれは日常のごくわずかな一コマでしかないというのが 現実だということでしょう。 そういうお前はどうなんだ?と突っ込まれそうですが、 自分の場合、幸福という概念は持たないことにしています。 幸福という概念が働いている間は、不幸という概念がいつでも 襲ってくるからです。 幸福になりたいと思えば思うほど、 今わたしは不幸ですと言っているようなものだと言われる。 今の自分を不幸だと嘆いていたら、 永久に不幸が継続します。自分で運命を意識付けていますから。 問題は今なのですから。 明日は常に明日であって、絶対に来ない世界とも言える。 明日という言葉はあるけども、存在しません。 明日は来るということは言えるけども、明日は存在しない。 あるのは常に今でしかないし、今しか知覚できない以上、 今、常に幸福だと思える性格になれるかです。 それこそ今に、集中できるかです。(前回の話) どうしたらいいか? どうしたら不幸の轍から抜け出せるか? それはもう決まっています。 このブログをある程度読んでください。 それが一番の近道(ロハス)です(^^;) コメント(0) トラックバック(0) |
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情報選択力
2009/11/28 13:32:02 |
省エネ/ロハス/エコ |
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昨日の続きです。
「一つのことにどれだけ没頭できているか? つーことなのです。 哲学というと、現実的に意味の無いもののように見えるけども、 机上の論とか学問では無いわけで、 集中力の基になる究極の知性だといってもいいです。 人は人ですから、やりたいようにさせたらいいと思う。 それをいちいちお前たちの考え方は違うんだとイキリ立っても 自分が疲れるだけです。」 という感じで昨日は終わったんですが、 もう少し説明加えます。 これからますます社会は混乱していく。 そういうサイクルに地球文明が入っているのでそうなっていく。 能天気な科学者が鉄腕アトムみたいな未来像を語っても 通用しない時代に入っていくとされている。 そして全てが細部の情報に振り回されて来る時代でもある。 円や株が上がっただの下がっただのと 死ぬまでやっていなければならない。 さまざまな情報が飛び交っていても、そもそも何を基準に 取捨選択していけばいいかなのですが、 それがみな個人個人違うから永遠に迷っています。 迷っている人の意見を聞けば聞くほど問題は大きくなっていくし、 先が見えていない人の話を信じれば信じるほど自分自身を崖っぷちに 追い込んで行きます。 そして崖の上に立って初めて間違いだったと気が付くわけで それでは本当に遅いです。 宇宙に法則があるということは、心にも法則があって、 こういう考え方をしたら破滅に向かっていくというものが たくさんあります。 そしてその法則を束ねている基本中の基本が、 外の問題ではなく、自分の問題だという認識だと言われています。 問題だ問題だと騒ぐ自分の何かが問題だということらしい。 眠っていたら問題意識は湧かない。 何かに集中していると、苦しみは感じていません。 意識の分散が全ての不幸を招いていると言っていいかもしれない。 「小人閑居して不善を為す」 という諺がありますが、暇な心が あれこれ妄想を描き、不幸な運命を作り出している可能性が高い。 意識の分散が不安を招いています。 集中力が無いほど、精神は不安定になります。 逆に精神集中が出来る人ほど心は安定している。 これは時代とか年齢に左右されません。 地位も名誉も学歴も才能も財力もまったく関係ない。 だから凄いと思う。 だから戦国時代で今まさに死に向かっていく人ですら 落ち着き払っている人は腹が座っています。 それに比べれば今の日本の状態など 恵まれ過ぎていますよね。 自分の集中力に全てがかかっているという本質を知らないと 誰でもなく自分が苦しみます。 平和ボケしたこの日本ですら、苦しみのど真ん中で生きなければならない。 地位も名誉も関係ないです。 どんな有名人だろうが、博識家であろうが、 基本を無視すると苦しむことになります。 今事業仕訳をしたり、新たな法改正をしていくわけですが、 10年もすればマンネリ化し、癒着構造が自然と出来上がってしまうのが 人間世界であるし、これは人類が滅びるまで 賽の河原の石積みは続く。 こういうシステムにすれば〜と頑張っても10年もすれば腐って行きます。 だからそんな世界に嵌っているといつまでたっても 解答は出てこない。 解答はここで紹介しているとおり、すでに存在していて、 世間がどうのでなく、自分自身の集中力でしょう。 コメント(0) トラックバック(0) |
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まずは集中しましょう
2009/11/27 11:46:29 |
省エネ/ロハス/エコ |
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先週から事業仕訳が始まっている。
性急な結論付けに批判が噴出。 特に文部科学分野は未来への投資だから コスト面で判断するのはおかしいのだという。 あのアインシュタインは確か会社勤めしながら 相対性理論を発表したぐらいなのだから、 学者さんも民間で働いてもらったほうがいいのではないだろうか? そのほうが奇想天外なアイデアも出るというものです。 国のお金に頼っているような姿勢は 教育界も腐敗させていくんじゃないかと思われる。 大きな顔して金をよこせみたいな発言をする権利があるのだろうか? あの背中に薪を担いでいる 福沢諭吉先生を見習おう!!!! ところで話は変わるのですが、 このところドル安が加速しています。 アメリカの経済事情が世界の投機筋にもだんだん理解できた感じです。 ドバイは最初からバベルの塔になると思っていました。 いかにも象徴的な建物です。 1年前からこのブログでも言ってきたですが、 100年で急激に発展したアメリカは これからの100年で急激に惨めな国になっていきそうです。 なんか人生に似ていますね。 そういう人結構います。 となると、日本の輸出産業は今後も厳しい状況が続くんじゃないでしょうか? 一方で輸入品が安くなって、国内生産(内需拡大)が足を引っ張られる。 単純に考えれば輸入品を扱う商売が儲かりそうな感じもするので、 中国、東南アジアあたりから得体の知れない商品が これからどんどん出回って社会問題を起こしそうな勢いです。 特に食料品ですが、果たしてチェック機能は働くだろうか。 かく言う自分も食料品の買い出しは 業務用のスーパーを利用することが多い。 変なものを食っているかも知れませんね(−−;) 30個入りの餃子が180円ですから。 問題は国内生産だと印字されているからどうも信じがたいのですが、 30個の餃子がなんで180円で販売できるかです。 追跡調査したいぐらいですね。 外の世界を見渡すと、信用できないというか 不安材料てんこもり社会という感じがしますが、 これでも相当イイ世界です。 特に日本は大金持ちといっていいぐらい平和な国ですね。 インドあたりは、1台20万円ぐらいの車を買っただけで 村中で英雄になるぐらいだし、本当に食べられなくなったら 政府が助けてくれるのが日本です。 結構人情とか義とか、まだ残っていると思います。 問題はです。世界は果たしてどうなっていくかなんですが、 これが悲惨になりそうな雲行きです。 らせん階段をぐるぐる回りながら、少しずつ落ちていく運命かも知れない。 まあそう考えていたほうが、華美な期待は持たないで済むわけで、 理想と現実のギャップに悩まなくもなってきます。 まずは何かに集中していきましょう。 その時は時間も忘れている。 性別も年齢も忘れています。 人は人ですから、やりたいようにさせたらいいと思う。 それをいちいちお前たちの考え方は違うんだとイキリ立っても 自分が疲れるだけです。 コメント(0) トラックバック(0) |
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歌舞伎小唄
2009/11/24 17:56:13 |
アカペラ音楽 |
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歌舞伎のお囃子風な小唄ですが、ここまで鮮明な曲は無かったように 思うのですがどうでしょうか? わたしは歌舞伎は見たことも無いのでまったく無知ですから、 情報があったら教えてくださいまし。 月島(歌詞1番と2番募集) powerd by ピアプロ さてそこでこの歌詞の世界ですが物語風になっています。 主人公は駒形か向島の芸者。 ある日深川の料亭で旦那さんにもんじゃ焼きが食べたいとおねだりします。 だったら、歌舞伎にも連れて行くよということになって 歌舞伎座で待ち合わせすることに。 当日人力車に乗って、浅草橋から隅田川を渡り、 浅草と銀座の風情を横目にしながら歌舞伎座へ。 鑑賞後、約束のもんじゃ焼を食べに行くわけですが、 ここは築地市場を突っ切って、勝鬨橋を渡り、 月島、佃島に到着。 そこで屋形船に乗って、もんじゃ焼きを楽しむという設定です。(^^;) 3番と4番は出来あがっているので、 後は1番と2番です。 作詞される方はぜひ参考にしてください。 深川、向島、浅草あたりの話になるかと思います。 これはこれで出来あがっているのかも知れないですが、 物語風にしても面白い感じがします。(−−;) それにしても日本調の曲は本当に綺麗です。 歌舞伎のお囃子にすると何故かつまらなくなるのですが、 これはたぶん役者の芸が中心だから、 ポコポコしたお囃子にして役者を引き立てるためだとみます。 そのため曲の印象がまったく弱いですね。 記憶にものぼらないです。 ということで音楽そのものを主役にしてみました。 今日はぜひ月島に行ったつもりで、晩酌でもしてください。 昔月島で仕事をしていたのですが、 江戸情緒の曲にすると味がありますね。 現実の道路事情は悲惨なものがありますが・・・。 コメント(0) トラックバック(0) |
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2009/11/30 20:26:46