今日はガンジーの話です。
ガンジーはもともと宗教家では無くて、弁護士だったわけですが、インド独立のために戦っているうちに、気が付いたら聖者になっていた!みたいな話ですから、だから面白いです。
NHKのBS放送でやっていたんですが、どうも禁欲主義者で家族に苦痛与えているところがあったみたいですが、ヒンズー教にも多様な流派があるのでその点は流すことにして、彼の無抵抗主義、非暴力主義については一考の価値はあります。
そこで彼の思想をどう解釈したら、現代世界、たとえば沖縄の基地問題等に生かせるかをこのコーナーで考えてみたいと思います。
ところでガンジーの愛読書があります。イギリスやインド国民の間に挟まって、道に迷った時にいつも励まされたと述懐している本です。
実はわたしの愛読書でもあるので、この本をテキストにして考えていきます。すでにこのブログで何度も紹介しているわけですが・・・。
「いかなる刀剣も魂を切ることはできない。
常住にして一切に遍満し、堅固、不動、永遠である。
だから汝は嘆くべきでない。」
多少ハショッて書いています。これは軍人である王様に、最高神である創造主が「魂」について語っている箇所です。魂には死は存在しないから、戦争で人が死ぬことを、いちいち嘆くな!と諭しているところです。
いきなりこんなことを聞かされると平和ボケした日本人はビックリしてしまいますが、物凄く深い話ですので、しばらくお付き合いください。
軍人の義務は国を守るために命を捧げるし、当然戦う相手を殺すのがいわば仕事です。人殺しは罪だから、イヤですと言っていたら、万が一暴徒が襲って来た時に家族は殺されてしまいます。しかも状況次第では国家が無法地帯になるかも知れない。だから、命をかけて戦えというわけです。
しかしこの物語の戦争そのものが身内争いの戦いでもあるために、相手の国には自分の恩師や叔父や叔母、いとこはとこが何十名といるわけです。心の優しい王様は友を殺すのは大罪を犯すようなものでこれでは自分は地獄に堕ちると恐れおののきます。そして最後は戦うぐらいなら自分が殺されたほうがマシだと戦闘を放棄してしまう・・・・という場面で語られた言葉です。
魂は死ぬことは無いのだ。
切られることも焼かれることも無い。
だから
四の五の言わず戦え!と
軍人が女々しいことを言っているんではない!
と。
人間を作った創造主はそうやって魂の存在を語りながら、軍人を諭していきます。そもそも地球も宇宙も人間も全生物も作った私が言うのだから何も恐れるな。私が宇宙の法律だから安心しなさい。ということで、創造主が具体的に人間の義務をさまざまな角度から教えていく信じがたい本です。
ガンジーの勇気の原点が実はここにあります。
興味深いのはそういう話なら、武器を持ってイギリスと戦うことを民衆に訴えてもよかったわけですが、そこは弁護士でインテリですから、軍人でなかったことが幸いしています。それ以上に蠅一匹殺してはならないという不殺生の戒めを持つ熱心なヒンズー教徒ですから、非暴力、無抵抗主義という戦略で戦うしかなかったということです。血の気の多い民衆と、臆病な民衆を抱えて、本当に悩んだだろうと思います。
こんなことをいったら沖縄県民に叱られますが、血の気の多い革新系の人と、臆病な経済系の人で沖縄も構成されていて、似ているのです。断って置きますが、わたしも沖縄の人ですが・・・。
沖縄問題は次の機会にすることにして、それにしても創造主の言葉は迫力満点です。平和ボケした日本人はよく考察したほうがいいです。