2010/03/02 18:10:20 |
究極のロハス |
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可愛い魂ほど優しい環境を選んで生きるし、優れた魂ほど厳しい環境を選んで生まれてきます。 楽々コースを選ぶか、お任せコースを選ぶかその選択は自由です。そして生まれてきた以上は、自分で境遇を選んだ以上、誰の責任にもしてはいけないなと思ったほうがいいです。 苦しければ苦しいほど、神様を思う気持ちになるし、楽であればあるほど神様につながる可能性はゼロになってきます。 しかし魂が不滅であるという自覚が強い人ほど、宇宙が平等に出来ていることが理解でき、苦は苦で無くなっていきます。 そう考えると、魂の存在(不滅の存在)は認めたほうがどれほど賢いかです。 コメント(0) トラックバック(0) |
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2010/03/02 01:28:49 |
究極のロハス |
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その点前世の傾向から神様につながる可能性が薄い魂は、優しい環境が与えられることが多い。それだけ世の中で成功することが多いでしょう。とんとんと道が開かれていくような運の良さがあります。 競馬のハンディ戦じゃないですが、100キロぐらい背負って走るのと、身軽で走る馬とでは、どうしてもハンディを背負っている馬のほうが不幸になりやすい。何もかもが苦しいと感じるかも知れない。この世的に見た場合は。 何が大事かと言えば、本当の自分(不滅の魂)の自覚とその延長線上にある神の認識がもっとも重要なので、意識の高い魂ほど、この世的に不幸な運命を敢えて選んで生まれてくるそうです。 わたしも最初の頃はまさか人生がそのように設定されていると思ってもみなかったので、自分の不幸を呪って苦しんでいましたが、そういうことであるなら、人を羨むこともないわけで、かなり救われた気持ちになれたものです。 世の中の理不尽さ、不平等さに腹が立ってばかりいたので、全ては魂と神を知るための過程でしかないことが分かるにつけて、ある意味不幸なほうが身のためだと思えるようになれたぐらいです。 どんな不幸も恐れなくなります。どんな不幸でも受けて立つぐらい腹が据わると、本当に怖いものはなくなります。そしてこれほ災い転じて福となす話は無いです。 コメント(0) トラックバック(0) |
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