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正しい宗教心
2010/03/03 17:42:06 書庫 究極のロハス


正しい宗教心の大事さについてこれまであれこれ語ってきています。今の時代何が一番欠けているかと言えば、それだからです。単なる宗教心でなく正しいという形容詞付きの宗教心です。

ありとあらゆるものが唯物的なわけです。欲望を叶えるための方法論を宗教ですらひたすら追求しているような傾向があるし、みんながみんなそうですから、当然争いになってきます。

限りある僅かなポストを勝ち取るために、みんな必死です。学生の就職、政治家の椅子、金メダルの表彰台、職場でのポジション、心地よい自分の場を作り上げるためにさながら夢遊病者のように動き回っています。

自分の欲求を強く求めればどうしても激しい争いになるわけです。それでいいのか?それが人生、それが人間というものだと簡単に割り切っていいかです。そして子供にもそう教えるのでしょうか。

なんども話しているのですが、執着が強ければ強いほど人間は苦しむという。

人生の大先輩である古今東西の聖者たちが口を揃えてそう語っているわけです。よほどの馬鹿じゃない限りなんとなくは分かる話でしょう。

であるのに今のご時世は弱肉強食だから、もし子供がいたら、負け組にならないためにひたすら欲望追求を力強くすべきなのだと言うのでしょうか?

苦しむ教えを教えるのでしょうか?

小学生の子供だったらどうアドバイスしたらいいでしょうか?

あるいは就職先が無い学生をどう慰めればいいでしょう?
言い方はおのずと変わってくるはずなのです。

そう考えると、やっぱり自分は何がどれぐらい分っていないのか、どこが矛盾しているのか?ハッキリ理解することが一番重要だし、そのために一生懸命勉強したほうが心を楽にする最短の道だと思うわけです。

テレビの夜の番組をみると、いつも楽しそうに振舞っているので如何にも幸せそうに見えるのですが、まったく作り物でしかありません。そしてほとんど空っぽの情報ばっかりです。それで笑って息抜きするのも悪くは無いのですが、しかし1日に1回ぐらいは思いだしたほうがいいわけです。

執着が強ければ強いほど人間は苦しむということを。

正しいという冠を付けなくても、宗教的理性が一つ理解できるだけで、全部分かったのと同じだと言います。

問題は本能を制御できるかでですが、その修業のために生まれてきているわけです。そして合格点を神様から貰うまで、苦海で浮きつ沈みつの転生を重ねているわけです。

なんのために地球があるかといえば、そのためでしかないと言われています。








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