2010/03/21 13:01:49 |
究極のロハス |
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本当の幸せはとても精神的なもの 男性が幸せを作って、女性がそれを食べる、なんか不公平な感じがしますが、それだけに男性が家長となりリード役になってバランスが取れます。しかし今は何でも自由ということになって、それぞれの個性を殺すまでになっています。 神も魂も信じないで、何もかも平等で対等なのだと叫んでいると、結局どうなるかと言えば社会は破滅するしかないのですが、魂の本質を知らないからどうにもなりません。死んだらお仕舞い、人生1回ぽっきりという思想は、人間をじわじわと悪に染めていきます。じわじわだから全世界的に気が付かない。 唯物的道徳観では歯止めは効きません。損するのが馬鹿、嘘をついてもバレなければセーフ、捕まったのが運が悪い、捕まってないから運がいい、浮気や不倫は当たり前、表現は自由、言論も自由、死んだら終わりなのだから、せめて生きている間は好きなように生きたほうがいいと考えるのが当然だと思います。 勝者は得意になってうつつを抜かし、敗者は失望して自殺するが、死んだらお仕舞いなのだから、その選択は間違いだとハッキリ語れないのです。確たる柱が無いので、人生いろいろで片づけていきます。 100年前、200年前の日本はどうだったか?金持ちがふんぞり返っていたら馬鹿だとなじられた。弱いものを助けるのが人間だと言って貧乏上等じゃないか!と江戸っ子はそう思っていた。お天道様(神様)には逆らえないと思っていたでしょう。科学思想が輸入されて来て、論理的に説明できないものは迷信だと決めつけてきたことが大きな間違いで、そもそも物質を超えた世界があるんだから、論理的に説明できるわけがありません。 人生は理屈じゃないです。 ところで本当の幸せですが、現代社会に習えば、その人が幸せだと思うことが幸せなんじゃないかというしかないのですが、私自身の意見としては「魂」の認識をさまざまな角度から深めることが、本当の幸せにつながるのだと言いたいです。 経済的に何不自由のない恵まれた環境ほど魂は成長しにくいです。息抜きや気晴らしは必要ですが、基本は神と自分の関係を知るために地球は設定されていますから、それが理解できるまで死のある世界(別れのある悲しみの世界)で修業させられます。 修業しているのですから、苦しくてもいいわけです。むしろ厳しい環境のほうが大きな幸運が舞い込んで来ます。神を真剣に求めるようになるからです。自分の無力さをとことん知る、自分の弱さを絶望的に理解出来る人ほど運のいいことはありません。そういう人の目の前に天国の門が配置されるのだと言われています。イエスキリストがいうところの、悲しむものは幸いなり、です。 そもそも物質次元では何も解決しません。結局は奪い合いの感情しか働きません。理不尽さ、不合理さ、不平等さに色どられているのが唯物世界です。その限界を如何に早く見極め、物質次元の中にありながら生きたまま意識を脱出させるか、それを創造主は見ています。 楽しそうに生きている人は、魂が幼いです。ですからそういう他人を見て妬んだり羨んだりすることほど愚かなことはないので、これを機に神様と魂に目を向けることをお薦めします。 コメント(0) トラックバック(0) |
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