2010/03/23 18:58:34 |
究極のロハス |
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相手に負けたくないという感情が強く働いています。そっちがその気ならこっちもということで反発的な行動を取ろうとします。それで気持ちが爽やかならいいのですが、意外と胃に穴が開くぐらい腹の中が煮えくり返ることもあるわけで、そういうときほど不幸な状態は無いですが、本人は気が付きません。 そして具体的に反抗的な態度を取って後で悔やむわけです。それは何週間も何か月も重たい人間関係の中で生きなければならなくなります。これほど馬鹿みたいなことはないです。 正しい信仰者であればこういうバカげた行動に早く気が付きます。何にも分らないものがわかった風な事をいうんじゃない!と自分自身を戒める力があるのです。普通は無いです。 一般的には、相手を非難し責め裁くときほどやたらクソ真面目になります。相手のふだんからの自己中心的な言動を社会常識に照らして攻撃していきます。それは重箱の隅をつつくようで、ちょうど政治家同士がやりあっている状態です。 心が怒りに燃えたり惨めさで落ち込んでしまうこと自体が悪だからです。間違っている考え方を正しいと思いこんでいる時に、そういうネガテブな心理状態になることを知っているからです。ですから常に自分は馬鹿だと思って自説にこだわらず、明るい自分に切り替えるように努力するので、被害妄想に陥ることが無いのです。 後で振り返ってみればつまらないことが多いです。自分の勘違いもかなりあります。神経質な性格も邪魔しています。だからどれだけ早い時間で気が付くかです。1か月か、1日か、1時間か、1分か? 遅ければ遅いほど愚か者だということになってしまう。 これは実は相手も同じ精神世界の法則に縛られていますから、その時は負けてもいいのです。こちらが謙虚に対応すればするほど、後で相手が自分の了見の狭さに気が付いて向こうから逆に気を遣ってくれるようになってきますから、こと人間関係においては、近視眼的勝敗の論理で動いたほうが負けなのです。
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