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全体を生かす摂理
2010/03/28 23:02:22 書庫 究極のロハス

本当の自分(3)

宗教心を無視して本当の自分を論じてもナンセンスではあります。何が正しくて何がおかしいのかも宗教観無くて説明できません。

魂が不滅だという認識は冷静に良く考えるととてつもなく凄い存在だということが分かる。

まず魂(本当の自分)に死は存在しないということ。

自分は馬鹿だからかも知れないですが、これだけでも本当に凄い話だと思ってしまいます。ほとんどの人はあっさりと流してしまうのですが、どうして深く考えないのだろうかと不思議に感じます。現代の科学文明がひっくり返る話なのですから。

魂もあの世も無いんだと思う人は好きなように生きたらいいと思うわけです。わたしはそれについて反対はしません。こんな損な生き方は無いですが、でも人生はその人のものですから、自分がこうだと考える生き方をすればいいでしょう。

ただ魂とかあの世はもしかしたらあるんだろうか?と思っているなら、ぜひいろんな角度から分析したら良いです。そのための材料はこのブログでも紹介していますから、現代文明がひっくり返るほどの究極の情報を、1日も早く発見して欲しいと願うものです。

自分本体の死は存在しないですから、死は悲しいことでもなければ不幸なことでもありません。肉体が老化し滅びることは大事なことであって、悪いことでは無いです。何故なら滅びなければ、人類は人口大爆発してしまいます。何百億人も地球には住めないわけでそれは極めて重要な摂理です。

死は悲しい摂理では無く、むしろ全体を生かす美しい摂理です。自己中心的に不幸に考えるから、不幸が存在するわけです。

死に対する価値観が根本的に変わるだけでも、その後の人生は全然違ったものになるんじゃないでしょうか?








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弱さを素直に認める
2010/03/28 01:24:43 書庫 究極のロハス


本当の自分(2)

ある日突然自分の考え方が正しくなるかというとあり得ない。気分的に力強くスッキリ生きたいという気持ちは誰しも望むところですが、よほど軽薄な環境でない限り無理だと思います。

ボクシングじゃないですが、人間いつかは負けます。そのときはこれまでの歓喜の分量、凹まなければなりません。

ずっと謙虚さが維持できないし、自尊心を傷つけられたら最後謙虚さなんて吹っ飛んでしまいます。謙虚になれば楽になれるんですが、現実は謙虚さを維持できないのです。だからそのたんびに凹まされるようなことを神が現わしてきます。

執着心も半端では無いです。なんだかんだ言ってもあれもこれも求めるし、楽な道を選びます。自分を厳しく戒めて、貧しい生活に敢えて甘んずるなんて基本的に出来ません。なんでそこまでやる必要があるかとしか思えない。

いくらここで人生論をあれこれ読んでもどうにもならないです。自分で言うのもなんですが、所詮は理屈です。自分が本気になって正しい宗教観を持たない限り、マザーテレサの心は理解できないだろうと思います。

プライドをずたずたにされたら、鬼や悪魔になるのに苦労しません。

それぐらい人間の心は脆く弱いのですが、その弱さを素直に認められるのか?素直に人前で自分の弱さを出せるのか?というと、それもまた出来ないわけです。結局われわれは頑固です。

神を素直に信ずればいいのに信じないわけです。ですから、いずれ死ぬほど苦しい状況が襲って来るしかありません。人間には人間を救う力は無いですし、自分で自分を正していく力はありません。神様から力を貰うしかないです。だからこそ長い転生過程を通じて、生物の全運命はそういうシナリオになっているということです。

意外なことですが、究極の本当の自分の入口は、そういう過酷な状況の自分であるし、カッコ付けている状況じゃない自分です。苦しければ苦しいほど、のんびりしている人よりも人生は先を歩いています。だから本当の自分について考えたくなるのです。















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