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疲れない政治の見方
2010/06/10 15:26:16 書庫 政治経済

政治家、マスメディア・・・まったくアテにならないことが最近判明した。これは角度を変えればそれについて個人があれこれ批判しても時間の無駄だという意味もあるし、彼らを非難するということは、こうあって欲しいということで政治家の権威やメディアの宣伝力というか電波を性懲りもなくアテにしている面もあるのだから、自分自身がまったく愚かだということなのです。アテにならない組織や人やメディアにあれこれ注文を付けても時間の無駄だということなのです。

肝心なことは「中立・中庸」という立場ではないかというのが私の結論です。

日本の存在は・・・客観的知性によって世界に輝くと見ます。国の政治ベクトルも「中立」であることがもっともシンプルで安定しやすい。・・・しかし現在日米同盟という非中立的立場で動いているのが現状ですから、政治は政治として客観的にスルーしながら、日本には冷静に物事を考えている人々も大勢いるんだということを素朴に発信していくことがインターネットの最大の使いようだと思うし、ひいては日本人が世界の人々に信頼される良い頸木(クビキ)になるでしょう。

日米同盟を即否定するものでもありません。しかしこれからの時代を考察すると、アメリカべったりはやはり危険と言わざるを得ません。中国やロシアや北朝鮮はなんとなく怖いから、だからアメリカに守って貰えれば・・・と考えますが、中国やロシアとアメリカが戦うとしたら、かなりの確率で日本列島が火の海になるでしょう。日米同盟であるばかりに、ミサイルは全て日本に向けられるからです。

この悲劇は中国もロシアもアメリカにとっても、それほど痛くも痒くもありません。戦争がよその国で出来るのですから、3つの大国は日本列島で試験的にドンパチやってしまうかも知れないのです。アメリカにとって日本はアジアにおける前線基地でしかないのです。この地理的構造を日本人は冷静に洞察しなければならない。

その点「中立」的立場であるほうが、無用な摩擦は起きにくい。場合によっては三国相手にお説教だって出来ます。自分の人生経験からして、中立的であるほうが、右も左も仲間意識で寄ってきます。自分の味方につけようと友好的心理が働いてくるからで、結果として、世界的にも中立性にシフトしていく国家が増えてくるでしょう。

といっても各論になってくると中立の解釈が不明で曖昧になってくるのも事実ですし、無関心でシニカルでアンニュイな世界でもないわけで、かなり勇気を伴う気概が隠されていることが分かってきます。

果たして憲法9条は?核兵器の存在は?政党の見方は?外交姿勢は?経済的観点は?報道における中立とは?組織や会社における中立とは?・・・考えてみると争いごとから離れるには中立的精神から生まれてくると言えますが、この点について熟考することは世界中の温厚の人々の共感を受けるのと同時に、心のストレスを溜めない秘訣でもあります。偏見と主観的感情論に満ちた議論ほど無駄なものはなく、またそれにお付き合いするほど国家と心を疲弊させるものはありません。

右翼?左翼?の戦いは今に始まったものではないですが、翼は両方無いと自由に空は羽ばたけません。両ウイングをバランスさせる要(カナメ)は「中立」的存在であり、比重がここに無いと紙飛行機すら飛ばせないのです。そこに共感する人々の見解が数多く集まれば集まるほど社会は安定化されるし、その意見の集約ほど核兵器をも超える強力な情報ソースになるでしょう。

















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六道輪廻を越えるには
2010/06/05 09:01:37 書庫 究極のロハス


六道輪廻

政権が交代しました。ぜひ新たな気持でやって貰えればと望みます。

ところで話は変わるのですが、今日朝方うとうとしながら、何故か六道輪廻について考えていました。一度や二度は聞いたことがあるのではないでしょうか?

六つの道というから道が6通りあるのかというとそうではなくて、魂が上がったり、落ちたりしている状態をいっています。仏教的な専門用語的解説は検索でもして調べて貰えればと思います。

何を寝床で思っていたかというと、10点満点で人間性を自己採点して、7点とか8点を付ける人がいるかも知れないですが、7点なら、愚痴が出たり、怒ったり、悲しんだり、嘆いたり、落ち込んだりといったことはないので、意外と7点以上の人はいないし、6点未満だと1点と変わらないということをうつらうつら思っていました。

100点満点で見るなら、60点ぐらいなら1点と変わらないということです。心の世界ではそういうことなので、これは伝えておいたほうがいいかと思って今書いています。

つまり70点以上の世界は、たぶん厳しい信仰者の世界を示しており、60点までは深い信仰を持たない愚者の集団と言っていいかも知れません。自分等も40点か50点ではないかと思っているので、六道輪廻からすると1点と同じだということになります。

というのは、とても品の良い文化人や教養人も、いずれ地獄に落ちると釈迦は断言します。環境次第でイイ人を演じられるからで、最悪の境遇に生まれたらヘビにも悪魔にもなるのが人間だからです。そういう修業を転生しながらしているわけで、楽しさ、面白さ、政治的発想、気ままな人生、思想的戦い、好きだ嫌いだという感覚の世界は、救いようが無いと語っています。それこそ聞く耳を持たないということです。

良く考えたいのは、何のために、働いているのか?戦っているのか?競争しているのか?です。この世の中に戦う相手は存在しないのに、常に誰かと争っています。わたしたちは戦争を批判する前に、自分の争いの感情を制御できない限り、無意味な人生を歩くのだと釈迦は忠告しています。

魂は有るとか無いといったものではなく、本質の中の本質です。固有の意識の本体で、物的世界を越えたものであり、それは不滅で死なないですから、何度も生まれ変わってきています。そしてその大半が六道輪廻を繰り返しているだけだと教えています。

ある時はスターになって調子に乗り、ある時は土人のように教育すら受けられません。浮かれて生きれば生きるほど最悪の運命が待っており、人間、動物、植物、お化けの世界をグルグル循環しているだけであり、だから全ては平等だと教えています。

精神宇宙は本当に完璧に出来上がっています。心が歪んだ分量というか汚れた分量、反動として正される運命になっています。ちょうどプラスとマイナス、抗原抗体反応のような仕組みで、心の中から競争感覚が消えるまで、薄情な弱肉強食の競争社会という牢獄で修業させられます。もう完全無欠としか言いようが無いのが精神宇宙の法律です。

競争社会といっても、競争心が無い人には競争社会ではないです。自分の心が完成されていれば、戦争真っ只中の地獄でも平和でしょう。魂は不滅ですから、自分や人が死ぬことを怖れません。不幸だとも思わない。魂の不滅をまるで理解できていないから、虚しさが湧いてきます。軍人は治安を託されたお巡りさんのように、毅然と自分の義務を果たすのみです。

こういったら誤解されるかも知れないのですが、一番賢い選択肢は、自分の願望を根こそぎ捨てることだと言われる。完全にニュートラルにします。そうすると宇宙のエネルギーがどーと入り込んできて、宇宙の真実が感じられてくるようです。

自分がこうしたいあーしたいと思えば思うほど、対立は避けられません。こうなりたいあーなりたいと自我で思えば思うほど、理想と現実のギャップに悩まされます。それでどんなに自分の成功を信じて努力しても、それは子供が遊んでいるに過ぎないのだと釈迦やキリストは語っています。自分中心だからです。しかも最終的には最低の世界に落ちていきますから、だから厳しく忠告しているわけです。

そこで苦楽を超越した自分になりたかったら、楽しみを求める世界の儚さを知って、ひたすら「道」を求めなさいと教えている。それは時代が何兆年経とうが変わらない究極の道だと教えています。

かといってどこかの道場に行って修業をする必要があるかというとそうでもなく、ましてやインターネット上にはそれを教える場は無いです。ネットで宣伝している団体は低級過ぎて話にもならないし、このブログも所詮は知識です。

ぜひ自分の足で歩きながら、リアルに探していくといいですよ。本気になって人を探せばきっと巡り会うことでしょう。

誰しも何かを探しています。本当のところはどうなのか?正確な情報はどこにあるのかと誰しもネットで探し求めています。それなら究極を探したら一番賢いです。本質の中の本質を命をかけて探し出すことほど、運がイイことはありません。ゲームをしたり遊んでいるのは勿体ないです。

真実の世界は存在するので、素直に探したほうが本当に得です。


宗教的レベルを考える
http://blog.goyah.net/crita/9269-archive.html













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沖縄問題を考える
2010/06/01 11:12:06 書庫 本当の沖縄の幸せ
普天間基地移設問題は5月末で陽の目を見るということだった。

状況からして余りの酷さに、首相退陣論も出て来ています。

問題は結局、沖縄の普天間基地は相変わらず使用される結果になりそうです。

現実と言うのはかようにどうにもならないわけで、

善人を気取った理想論が通用する社会では無いし、

それについていちいち感情的になっていたら、自分が疲れてしまいます。


一番いいのは相手にしないことだといいます。

テレビも新聞も漫画だと思って、軽く流すのが一番楽です。

ある意味沖縄問題は、考えないのが一番ストレスを溜めないで済みますね。


なるようになるというか任せてしまう。

そういう政治的なことはワーワー騒ぐ人たちに任せて、

安らぎを求める人は、政治的なことに首を突っ込まないことが賢い。


何故なら政治では世界は平和にはならないです。

物が中心だから闘いはさけられません。

誰だって自分に有利になるような条件を願うので

対立感情を育て、悪魔な社会にますます突入していきます。

結局どうにもならないことをひたすら主張しているだけ

エネルギーを無駄にしています。

しかも体制がどこに転んでも、問題は尽きません。


しかしひとたび自然界を眺めてみれば、

海も空も今日は青く輝いているように、

視野の狭い人間だけが、

勝手に虚勢を張って苦しみ合っている感じです。


中国、韓国、北朝鮮を見ていると執念深いものを時に感じるのですが、

沖縄県人もあまり琉球民族を意識すると

暗い過去に引っ張られてろくなことにはならないです。

沖縄は中国文化の影響を受けているので、

そこは慎重に観察したほうがいいと思われる。


今日は沖縄はとにかく天気がイイですね。

いつも心が柔らかい感じで生きることが一番です。

政治家のようにイイカッコしないことがトラブルをさける最善の道です。

カッコ付ければ付けるほどブーメランのように

ストレスになって自分に返ってきますね。


地球の自転公転に支配されている以上、

この法則から誰も逃げられません。

気負わないで、謙虚になって、

自分の明日のことは誰も分らないということを知るなら

虫と変わらないぐらい自分は頭が悪いと思っても正しい。


政治経済の世界を見ているといったい何がどうなっているんだと

感じてしまうのですが、完璧なまでに正しく動かされています。

悪と悪が戦っているだけなんじゃないでしょうか?


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