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見返りを求めない奉仕
2010/07/23 20:06:59 書庫 究極のロハス


現在の異常気象は二酸化炭素排出による地球温暖化が元凶のようですが、何故かしらその話題には触れようとはしません。あくまでも仮説に過ぎないということなのでしょうか?

世界景気の鈍化もその思潮に拍車をかけていて、消費抑制ではなく景気拡大を全世界的に望んでいますから、現代の地球人は断崖絶壁に向かって走って行く思想を未だに選択している状況です。

環境省でまとめた生物多様性白書には、現代は大量絶命時代に入っていて、それは地球が誕生して6回目の時機に遭遇しているとされています。

5回目の絶滅時機は今から6千6百万年前の恐竜時代に遡るようですが、今回の絶滅理由はなんと人間が工業化で排出する二酸化炭素だとされており、巨大隕石の衝突のような豪快な派手さは無いですが、それ以上の破滅力を持っているようなのです。

というのは、隕石の衝突によって舞い上がった粉塵は、いずれ雨で落ちてきて収まるのですが、人間の欲望はキリが無いからでしょう。驚くべきことに恐竜時代は千年で1種だったものが、現代は四万種が絶命しているそうです。

中国がアメリカ並みの消費を目指すとしたら、日本の気象状況は最悪の状態になるだろうし、そのメカニズムが時代と共に判明してくると国家間がギクシャクしてくるのはおよそ想像がつきます。

日本の農業は壊滅的な状況を迎え、食料不足の時代が20年後にはやってくるかも知れない。極端に雨が降って水浸しになったり、極端な猛暑で日焼けしていけば植物は枯れるしかありません。

日本は比較的クールな国民ですが、外国はそうでもないですから、ギリシャの暴動のようなことが世界中で起きてくることも予想されます。

世界の景気減速はちゃんと意味があって、いい加減唯物至上主義に気が付きなさいと言う神様のサインでもあると思うのですが、地球の状態に気が付かない経済人はだから景気浮揚だと叫ぶことになると、ヨハネの黙示録のように巨大な災いの鉢を天からぶちまけることになるかもしれない。

北朝鮮の核ミサイルも気になりますし、イスラエルはイランの原子炉を攻撃し、中東が核で汚染される可能性も非常に高い。当然石油も止まる。そしてこれらの全ては神様がタクトを振っています。いたずらに我を張っていると、巨大な天災と人災が襲ってくるでしょう。

ある有名なお笑いタレントは、今の優柔不断な政治状態を見て「こうなってくると政治家の独裁者が欲しくなる」と語っていましたが、人間の心理をついていて、核戦争も画策するような、かつてのケネディのような大統領が出ないとも限りません。

ところで政治的な話はこれぐらいにして、将来どうなるか分からないのですが、唯物世界の未来は大変暗いです。太古の聖典では偽善と悪徳の時代がこれから始まるとされています。若い人が戦闘ゲームに嵌っていますが、案外廃墟化した都会であのような無法社会が展開されるかも知れないですね。

能書きと議論ばかりで埒が明かない偽善社会だと、ストレスがどんどん溜まってきて何もかもぶち壊したくなる人が増えてくるようです。これから生まれてくる魂群は悪魔的傾向を帯びているようなので、現代の知識人が考えているようなタマではないようです。

古代の聖典は神の預言書でもあるので、その通りに計画されていくでしょうから、私たち人間の立ち入れる範疇ではありません。時代時代ごとに似たような意識レベルの魂が誕生してくるようです。

問題はこういう時代に入って行くにしても、次に生れてくる可能性があってそのときは戦争の真っただ中かも知れません。食べるもの一つない飢餓状態の世界かも知れません。それは今生きている生き方で運命が決まってきます。

もちろん先のことは分からなくてもいいのであって、ようはこの世は遊ぶためにあるのではなく働くためにありますから、どれだけ人のために自分を犠牲にして働けたかだという。

生物は全てこのルールの中で生かされていて、自然界は弱肉強食だと考えていますが、本質はその裏にあって、自分を犠牲にする生き方を学ばされているのだという。動物は本能で対応するしかないですから、こういう知性を得ることはないですが、だからせっかく人間に生まれても奉仕の精神が理解できない場合は次の世は動物に降格されるかも知れない。そして否応もなく家畜のように自分の体を犠牲にしていく運命が科せられます。

ですから給料が安いとか、自分は偉いとか、もう老後だからとか言って働くことを嫌うとろくでもない運命が与えられると言います。

















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死刑制度と代理母
2010/07/20 11:34:18 書庫 究極のロハス


死刑制度と代理母

• 会長:亀井静香(国民新党)
• 副会長:仙谷由人(民主党)、加藤紘一(自由民主党)、浜四津敏子(公明党)
• 顧問:保坂展人(社会民主党)
• 事務局長:村越祐民(民主党)
• 幹事:山花郁夫(民主党)、照屋寛徳(社会民主党)、井上哲士(日本共産党)

死刑廃止を推進する議員連盟だそうですが、会長もさることながら、副会長も興味深い集まりになっています。

死刑を廃止することは、如何にも人間的で正しいかのように信じている世界観も、迷妄の価値観でしかなくて、正しい宗教心を知らない人間の考える欺瞞でしかありません。

また魂は不滅だから、そうしなさいと神は言うわけです。反省しているから情状酌量の余地があると甘い考え方をして刑を軽くし、ましてや10年程度の刑務で済ませたりすると、殺人の罪は消えるどころか、来世が悲惨なことになると言います。

普通に生活している中で殺人を犯すというのはそこにどういう事情があれ、情状酌量の余地はありません。

よく18歳未満だからとか、精神鑑定の見地から判断能力が無いということで無罪を主張する無知な弁護士がいますが、まったく意味がありません。子供は判断能力が無いから、みんな殺人を犯すのかといえばそうではないでしょう。本能的に出来ないもので、それをやってしまうということはいつでも魂を悪魔に売ってしまう傾向を帯びているということです。

一見死刑は残酷に見えるでしょうが、魂は不滅だからこそ、どのような場合でも潔さを重視します。またそうでないと、社会の秩序は保てません。犯罪がどんどん増えてきているのは、罪に対する鈍感さが招いています。従ってリストに挙がっている政治家は傲慢のそしりは免れない。

次に裁判員制度ですが、これに参加して強いストレスを感じ精神不安に陥る人がいるのですが、常識的に見て、被告者が殺人を犯したと感じられれば、潔く裁いたらいいです。万が一間違って死刑の判断をしたとしても、殺人犯だと思われる怪しいものがあるからそう判定されたわけですから、仕様がありません。

救いはどこにあるのか?

それは魂は不滅ですから万が一冤罪で死刑になった人は、次の世は人の何倍も運の良い人生を神様が与えてくれるでしょう。人間が深刻な顔をして考え込むのは神の存在を否定する傲慢さからきています。正しい信仰心があると、生きることだとか、この世に執着しないことが一番だということが分かりますし、人生の疑問もあらかた消えてしまいます。

ところで臓器移植法がスタートしました。これも神が決めた法律があり、それからみると気の狂った方向に流れています。

脳死は人の死ではありません。魂は心臓の磁場に存在しそこから脳をコントロールして物質人間は動いています。心臓をハートといいながら、心も指しているのはそのためです。

脳は所詮操縦機でありコンピューターでしかありません。機械ではなく有機体で出来ているだけの違いでしかなく、障害によって神経が伝達できないだけのことで、親族の話もちゃんと心で聞いているでしょう。脳細胞だって生きていて、その証拠に温かいわけですから、機能障害を起こしているに過ぎません。

実際に脳死から生還した人もいるし、心臓を移植して、心臓提供者の人格が入り込んで二重人格になった人も世界にいるようです。

私の知り合いにも脳死者に祈っていたところ、目を開けて涙を流したという体験に遭遇した人もいます。

ということは、脳が生きている間に殺すことは殺人だということになりますから、とんでもない神様への冒涜になり、臓器移植を「善」だと信じている人の運命は保障されません。身近な人にそういう人がいたらぜひ忠告するといいです。

魂は不滅ですから、生きている人の臓器まで欲しがって生きようと思うのは人間の貪欲です。神様を信じ、正しい宗教心を持っている人は自分や子供がどういう状況であれ、そういう考え方は持たないほうがいいです。

こういった偽善思想というのは、欧米からきていて、人生1回ポッキリだから、目一杯ガメツク生きたほうがいいという考え方が根底にあるでしょう。神や魂の存在を少しでも信じているなら、自然体で潔く生きるのが理想だと考えると思うのですが、特に魂の存在が認めきれないと、生きるためならなんでもやってしまう考え方に流れていきます。

ついでなので、人工授精だとか代理出産についてはどうかですが、子供の出来ない夫婦は子供が出来ない因縁があるので、それも知らず自然体を無視して子供を作ると、縁の薄い子供が生まれ、その子供に将来泣かされる運命になります。

真理は人間が議論して決めるものではありません。情で決めるものでもないです。

真理は人間が勝手に作るものではなく、すでに出来上がっていて、ただそれを知らない人が多いだけですが、神々の存在を信じられない人は人間中心主義的にいろんな理屈をつけて正しさを主張するために、多くの人は惑わされています。神様も信じない、自分の魂も信じない人があれこれ正義を主張しても、何の意味もありません。

さらについでなので経済問題についても世界レベルで勘違いしています。やれ株が下がった、円高になったといっては景気回復や経済発展を主張する人が多いですが、そういう考え方が現在の荒れ狂った地球環境を生み出しています。

地球温暖化は間違いないもので、今のペースだと100年で地球に人間は住めなくなります。それでも消費消費と主張して、二酸化炭素をバンバン排出していくとどうなるか?経済発展だと馬鹿の一つ覚えのように主張するその波動が、自然界を荒れ狂わせています。それは結局のところ気が付く人々は少ないですから、結果的に今後ますます異常気象化してくるでしょう。

ビートたけしのテレビタックルのように、意味のない討論をして遊んでいる場合ではないと言える時代なのですが、まったく気が付いていないのが現状です。











 



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国民が調停役に
2010/07/13 13:59:41 書庫 テレビの見方使い方

参議院選挙が終わりました。早速今後の与野党のかけひき合戦についてマスメディアは相変わらず楽しそうに語り合っています。

ところが、昨日のNHK討論番組の中で流れてきた国民からのコメントがびっくりするほど様変わりしていました。投稿記事の約半数ほどが対立でなく超党派で協力して良い法案を作って欲しいといったようなものです。

時代は少し変わってきた感じで、政治家よりも理性の高い市民が増えてきたようです。しかも20前後の若い人がそういうことを語っていたので、とても頼もしく思えた。

その空気を受けてか、報道ステーションの政治コメンテーターである星浩も政局的な話題とか政党内部のゴタゴタをマスコミも面白く扱っている時代ではなくなってきたような気がすると述べていました。これも意外でした。

単に反対しているのではなく、対立的政治に飽き飽きしている国民が増えてきているようですし、それも今回の参議院選の見えざる特徴かも知れません。独善的な政治は許さないということでしょうか。

毎度話しているように最終的には協調的な超党派の場を作り上げないとどうにもならないことが分かってきますから、今回のねじれ現象が今度は有効に働いてくるかもしれませんが、果たしてどうでしょうか?

それはそれとして連立を組んでいる国民新党の「0」も面白いです。いろんなメッセージが隠れている気もします。

共産党や社民党の主張もほとんど届いていない感じですから、消費税についても安全保障に関しても、国民は冷静に見ているようです。

沖縄でも共産党、社民党系が負けています。辺野古基地反対という点では自民党も公明党も同じですが、経済的条件さえ整えば両党は主張を変えるかも知れない。

2年前にこのブログでテレビ会議というのを提案していますが、徐々にその存在意義を大衆も求めてくるでしょう。与党か野党かではなく、両方が折れないと中長期的なプランは作れないですから、大衆は与野党両方に釘をさしていくしかありません。そこが最大のポイントで、党利党略優先の政治家の主張を漫然と聞いているだけでは、日本は破滅するということなのです。具体的な中長期プランが作れないからです。

旧態依然とした政治家は権力を握って自党の主張を思い存分通すことを目標にするのですが、それが間違いなんでしょう。地方分権にしろ福祉国家のデザインは一部の政党で通せる話ではないですから、国会は捻じれていたほうがより精度の高い話し合いがなされる確率が高くなります。

現時点では、野党側も小うるさく厳しい条件を突きつけて、その条件を呑まない限り、政策協力はしないと粋がっていますが、肝心なことは大衆がその話に乗っかっていると物事は何も動かなくなるわけで、何千人という政治家と公務員を遊ばせてしまいます。こんなことなら政治家は10分の1で十分でしょう。

与野党がそれぞれ自説を曲げず、プライド合戦をし、法案が通らないとしたら衆議院も参議院も烏合の衆になるでしょうし、そういう状況は許される時機ではないでしょうから、これからの政治家は、番組に投稿してきた若い人のバランス感覚に耳を傾けていくようにしたほうが人間的に優れています。

結局それぞれ落とし所を見つけるために同じテーブルについて、協調して法案を作っていく必要性があって、その調停役は何を隠そう誰でもなく国民でしょう。

民主党は確かに負けたのですから、マニュフェストにこだわらないで済む環境になっています。野党だって一方的に自説を要求することはいつまでも出来ません。支持者は権力抗争を望んでいるわけではないからです。

ということは何も困ることはないし、苦悩を感じるのは政治家の思い上がりに過ぎない。何一つ困った状態など存在せず、うまい具合に運んでいるというふうにも受け取れます。

肝心なことは選挙が終わっても、政策を作り上げていくキーパーソンは、大衆側にあります。政治家は話は上手かも知れませんが、方向性を決定させるのは支持者である大衆側に常にあるものですが、意外とこの事実に気が付きません。

ちなみに沖縄の普天間問題も政治家や政府に頼ってもどうにもなりません。このパズルは長年の平和ボケした日本人全体の無責任さが招いているものですから、その点振り返って、テレビメディアを通じて有識者や文化人が訴えていけば解決していくと思われる。

政府だけを批判しているのではなく野党も丸ごとです。そこに鍵があります。負担してもらっている感謝の気持ちを形で精いっぱい示せば、人の心の溜飲は下がるものでしょう。しかし、果たして政治の方向性を決定していく責任が市民側にあるという認識をわたしたちが持っているかであって、相変わらず人ごとのように思い、政府や政治家任せにしていると何も解決しなくなります。

今民主党は凹んでいるので、自説のこだわりに気がつくチャンスがあります。問題は野党です。これから野党の対応がどれぐらい大人なのかが問われてきます。と同時にもっと大事な責任を負っているのは国民なんでしょう。

面白いもので、今野党は調子に乗っていますが、善戦した自民党やみんなの党は、この勢いで衆議院選挙をやりたがっていますから、ひたすら政府のメンツを丸潰しするような態度で今後出てくると思いますが、こういうチキンレースを国民が面白がって見てきたから、今のような日本になっているし、その土壌を生んだのは低俗なマスコミでもあったでしょう。

政局がどうなるか?小沢グループがどう出てくるか?そんなことはどうでもよいし、遊んでいるにすぎない。マスコミはこういう混乱ネタを軸にして商売するでしょうが、その無知な権力ゲームに大衆が嵌らないことです。それこそ青年たちのコメントのように政治家には手を取り合う姿勢を要求すべきでしょう。

自分の場合、精神的なことを理解することが最善だと思っているので、政治的に活動する時間はないですが、政治に強い関心がある文化人なり評論家なり知識人もいるでしょうから、そういう傾向の人たちは事業仕分けならぬ、それこそ政治家の仕分け人になって、冷静な政治家を見分けていって欲しい。

討論番組もそのスタンスでやったらいいし、各政党の一方的な主張を安易に聞いていないで、坂本竜馬風に、各党(藩)の調停役、接着剤役を果たして欲しいものです。

















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物事は単純
2010/07/06 11:55:11 書庫 究極のロハス
迷ったり、悩んだり、落ち込んだり、腹が立ったり、怒ったりすることは
だいたい当たり前の感情だと考えている人が多いです。

当たり前だと思っているから、性格は変わらず死ぬまで同じことを
繰り返しています。



そこで上の図を参考に説明すると
どの世界に共感するかということに尽きます。
AかBかです。

ここでハッキリ言えることは。Aの道は幸運を招き、
Bの道は不幸な運命が待っています。
またそういう風に宇宙は出来ています。

ところで「A」の概念は実は一つでもあって、
見る方向によっていろんな小概念があるように見えるだけです。
全て連動している概念です。

本当に素直になれば、全て達成できるという意味もあります。
本当に誠実に生きれば、信念も勇気も付随してきます。
ですから実は一つの概念に過ぎず、
一つだから迷わないでスッキリと生きられる。

ところが「B」の道は、唯物的概念で争いを生みだします。
物を奪い合う政治的戦いの世界です。

で、どちらの人生を生きているのかということであって、
信じられない人はおのずと「B」の人生を当然として歩いているでしょう。
また当然だと思っているから何一つ卒業出来ません。

何を信じて生きているのかということです。

宇宙は出来た時点から一つの理念で動いています。
途中から方針が変わるということはありません。
人間が勝手に作り上げるものでもない。
所詮は人間は宇宙の創造物です。

そこのところ謙虚で慎み深い心に立ち返って、
宇宙の理念によって動かされている生物に過ぎないと思い、
「A」の道に人生をかけていける人に
幸運が待っているということです。

魂は不滅ですから、一時的な結果はどうでもいい話です。
社会が共産社会だろうが、詐欺的社会だろうが、軍事国家であろうが、
基地があろうがなかろうが、たいした問題ではありません。

普段人に対して、どう接しているかで安らぎも幸福も決まって来ます。

外の世界や政治や社会システムを変えれば何とかなると愚か者は考えますが、
そうなるのにどれだけの時間がかかるかというと、
永遠に争ってしまう運命しかないわけで、その間ずっとイライラして生きることが
どうして賢いでしょうか?

人間の心は瞬間的に幸福なれます。そして方向次第では
永遠の幸福すら得られる。
冷静に考えれば今すぐに安らげるほうを選んだほうがいいに決まっています。

ぐるぐると争いの世界を繰り返している方向と、すぐに安らぎを得られる方向と
どちらを選んだほうがいいかです。
宗教はそれを教えているわけです。

選択は自由です。
何に共感して生きていくかの自由は常に与えれています。

しかし選択の自由があるからといって、
味噌もクソも正しいというわけではなく、
Aの道以外は、破滅していくように出来ています。

















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