人生はこれからだ
2011/09/02 21:30:38 |
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自分はあまり本を読まない。とあるジャンルのものしか興味はないということもあって、新聞もほとんど読んだことが無い。もちろん情報誌もほとんど読まない。そういうこともあってたぶん、自分も読書嫌いの類いだろうと思われる。 ところがその割には書くことは好きだから困っている(^^;)。本を読まないから表現力が身に付かないにもかかわらず、あれこれド素人的に書いている。 ところで、最近とある大物タレントが突然引退した。島田紳助について世間話で聞かれることは、お金も大分儲けているだろうから、引退してもどーということでもないだろう・・・的な内容が多い。 それにしても人間を見渡してみると、芸能人の晩年は暗く悲しい結末が多い。大スターほど後半惨めな状態になってしまうから、ほんとに不思議だ。ジェームスディーン、エルビスプレスリー、マリリンモンロー、モハメッドアリ、長嶋茂雄、石原裕次郎、美空ひばり、マイケルジャクソン、その他ド忘れして名前が思い出せないスターも多いが、タレント等二流三流レベルになるとかなり膨大な数に及ぶ有名人が、悲しいドラマを描いている。これといって個性の無いアイドルタレントに至っては晩年の運命がどうしても予想されてしまうほどだ。 目先の華やかさに惑わされるのが大衆なのかも知れないが、死はそれほど不幸なことでは無いという人生観もぜひ理解したらと思う。人間死ぬから、後から生まれてきた人が人生やっていける。死ななかったら、人口爆発して地球上には住めなくなってしまう。自然の摂理の厳しさと精緻さに舌を巻くしかないのです。 そこで一期一会のつもりでぜひ考えてみてください。 人生の前半楽して生きる人と、晩年安定していく人とでは、どちらが幸福で不幸かです。 大きく分けると、中盤まで厳しい世界で生きながら、少しずつ安定していくタイプと、若い頃成功して有名になれるのだが何故か晩年ダメになって行くパターンが多い。前半型か晩年型の二つがあるようだ。 どうでしょう。どちらが幸せを感じるだろうか。あるいはどちらが不幸を感じるかです。 答えは簡単で、晩年安定型が幸せになっていきます。前半恵まれるタイプは、その分量晩年惨めになっていく。過去の栄光が未練のようにつきまとっていくし、高みに昇れば昇るほど、プライドは心を暗くさせていく。おだてられて生きてしまった分量、人間的に練れていないから人間関係も不安定になって行くと思われる。 そう考えると、人生50歳あたりまで苦しい運命でもどーということはないだろうと思う。中盤まで世間の厳しい目線の中で生きている人ほど、心は修練されてくるので歳と共に安定していくから、苦労は宝物だ。苦労しているほど最後は充実してくる可能性を秘めているので、一時的なスターや芸人や有名人を見て憧れるのは愚かでもあるだろう。 自分の人生を堅実に生きていくことが一番賢い。傍から見てつまらない人間だと思われるのを恐れて、ちゃらちゃらした世界に迎合しようとする人が多いのだが、これだと中途半端なタレント人生と変わらなくなってしまう。かたぎの世界はどこまでも堅実さ、誠実さ、地味さが鍵を握っていると思われる。浮かれたキャラクターは幻想に過ぎない。下々の現場では通用しないです。そんな世界を見て、羨ましがるほど愚かなことはないと思う。 ということなので、40代あたりまでは、人生はこれからなのだ。 コメント(0) トラックバック(0) |
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全ては自分
2011/04/12 13:33:30 |
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全ては自分
昨日のテレビタックルは相変わらずだった。半分ほど見て、さすがにテレビを消して部屋に入った。テレビ人間の問題点はもう前に語っているので、よしておきます。 ところで福島原発問題は、電気を大量に使う文化を求めた人間全体の責任のように思われる。・・・・と、そう思っていたら今回の東日本大震災は、それぞれ自分の問題だと考えるといいと言うのです。全体の問題でなく自分の問題だと。 全体の問題だと思うと、責任は1億分の1しか感じないわけだから、自分の問題だと思えると大分感じ方が違うだろうと思われる。 政治家同士の争いごとを見て、今そんなことをしている場合かと批判するのがマスコミだとしたら、そうやって自分の悪を知らずに責めてばかりいるマスコミに対して、そんな批判ばかりしている場合かと思っている自分がいる。しかしその自分もまたグダグダとブログで語っている場合か?と誰かに見られているわけでしょう。 震災からちょうど1か月が経ったのですが、復興段階にも達していないところが未だにあるようです。ふだんの自分の生活態度を見ると結構のんびり生きています。これは傍から見れば官僚体質でもあるだろうし、現場を知らない政治家体質でもあるだろうし、マスメディアの無神経さもまた「自分にあり」という感じです。 良く考えればかなりいい加減な人間ではあります。 コメント(0) トラックバック(0) |
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最悪のワイドショー
2011/03/28 13:48:24 |
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今日も原発問題一色でした。そして日本政府と東京電力の対応をひたすら責めていました。
テレビ(マスコミ)と言うのは、話題を膨らませて不安を煽り、そして視聴率を稼ぎ、そして庶民のコメントをつまみ食い的に拾って代弁し、正義の味方のような顔を常にしています。 結果的に社会を騒がせているだけで、その責任については考えようともしません。中には質の高い番組もありますが、ワイドショーは朝の番組も含めて、軒並み枝葉末節なものが多いです。 日本で起こっていることは日本全体の問題で、特定の機関だけが悪いわけではないはずです。テレビに飼いならされた評論家やジャーナリストだって政治家レベルの無神経さがあります。表面は大衆の立場に立ったコメントをするから庶民の味方のように思うかも知れませんが、本当に良く考えて欲しいことは、テレビは善で、政治が悪なのかです。 誰も悪意では動いてはいないでしょう。それは政治家も東電社員もそうです。なんでもかんでもガラス張りに情報を流すべきだとテレビ人間は言いますが、それは現実問題的にどうかです。かえって混乱するのではないか?混乱したらこれまた政治が悪い、東電が悪いというしかない。 おかしいと思いませんか? 会社業務で考えて見たら分かりやすい。役員クラスの極秘情報を、末端の社員に流すバカがどこにいるかです。なんで我々に教えないのだ!と息巻く平社員がどこにいるかです。知らぬが仏という諺もあります。社長の苦労をいちいち開示していたら社長業務は務まらない。 実務の社会を見れば、課長レベルの情報、部長レベルの情報、役員レベルの情報とそれなりにガードして置かないと、社員は逆に疑心暗鬼になって仕事にも力が入らなくなってきます。余計なことを考えてしまうのです。自分の職務以上のことをあれこれ考えていると、批判的な人間が出来あがってきます。さながら全員が労組幹部みたいなものでこれじゃその会社は発展しないでしょう。そんな会社誰も経営したく無くなってきます。もちろん原子力の世界ですから、政府との情報共有は当然ではあるし、マスコミへの情報提供も当然ではあるけども、それをどう説明するかの慎重な検討はどの場面でも必要だと思われるわけです。 問題はマスコミに伝えたからと言って、ただ騒ぐだけで、ある意味何の責任も負いません。マスコミがその情報を世間に流すということはその責任をマスコミも有するはずなのです。責任は持たないが、しかし全てを包み隠さず公開すべきだという論理は、勝って過ぎないか? 説明責任があるとよくテレビ界は語りますが、それで説明すると説明の仕方が悪いと批判します。知らなければ国民は不安を感じないで生活出来ているのに、いちいち難しい説明を要求するからかえって社会は混乱していきます。混乱したらまたそれは政治の責任というわけです。 おかしいと思いませんか?テレビ界という世界は・・・。 今回の震災は全てが想定外、あまりにも広域な大災害です。臨機応変な対応が要求されるでしょう。その点政府も東電も未熟かも知れない。しかしそれと同じようにテレビも未熟です。なんで最近テレビ界をミソクソに言っているかと言うと、東京のキー局、そしてNHK、そして地元のテレビ局の番組表をチェックしていますが、平和ボケもいいところで、鈍感極まりないです。 今テレビが最大限出来ることは、臨時特番として被災地に役立つ情報や買占め的なことが起こらないように、従来の番組をはずして、不安に走らないような番組に切り替えて放送すべきところですが、頭がまるで切り替わっていません。 ということでテレビ界をバッサリと語ってしまいましたが、あまり言う人が本当にいないのであえて発言しました。役に立つ番組もたくさんありますが、特定のものを批判するパターンのコメントは、とにかく良い影響は与えないです。そのうち自粛し始めることを祈る次第です。 コメント(0) トラックバック(0) |
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情報災害の元凶はテレビ
2011/03/24 01:56:55 |
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このところ原発問題がクローズアップされています。昨日あたりは福島の農産物はなるたけ食べないようにという布令が出、それに合わせた形で各テレビ局は放射線の世界をあれこれ紹介していました。ベクレルだのシーベルトだの半減期だの暫定基準値だの、番組によっていろいろでした。
自分には妙な信念があって、福島原発はいちお鎮静化に向かうだろうと始めから思っているので、問題外なところがあります。農産物についても同じです。それは原発に賛成してそう思っているのではなく、出来れば無いほうがいいので、震災処理が終了した頃に討論でもすればいいだろうと思うわけです。これは現時点で幾ら原発の情報を流しても、大衆側はやることはないどころか、かえって人命救助を鈍らせるのでそう言っているわけです。 福島第一原発は廃炉の運命にあるのですから、東京電力も隠ぺいしている状況ではないし、1日も早く安全な状態に持っていくのに必死なのですから、それについて旧態依然のようにうるさく突っ込んでいくのは、帰ってミスを誘発させることだってあります。注意がそこに向かえば向かうほど津波震災の復興も遅れてしまう。騒げば騒ぐほど日本売りが始まり輸出産業のダメージも大きくなっていくでしょう。イイことなんか何もありません。マスコミもテレビもTPOを知らないということです。 自分が福島に住んでいてもたぶんそう思うでしょう。きっと八百屋さんにいったら半額で売ってくれと交渉するタイプです。あまり気にしません。洗えばまったく安心です。また人間多少の毒性は逆に免疫力を強くするという考え方もあります。自然界には猛毒、たとえばヒ素などがありますが、これも微量ながらひじきには入っているらしい。清潔好きも過ぎるとカビや菌に対して免疫性を落とすし、綺麗好きな人ほど洗剤の毒素を体内に取り込んでいるとも言えるから、何事も神経質過ぎる人は無駄に行動するのでかえってストレスで体をダメにしてしまいます。 ところでテレビのキー局は基本的に東京に集中しています。ですから地方の感覚が分からないところがあります。原発問題を話題にするのは平時ならいいですが、今はやはり津波被災地に特化すべき時機ではないかと思うわけですが、その点がやはり鈍感で、自己中心的で、薄情だなと思うわけです。 毎回毎回核燃料炉のフリップを出して来てあーだこーだ解説したところで、大衆自体何も出来ないわけです。しかもその説明が非常に不安定です。どうなるんだろう?ということで終わるから、なおさら神経過敏になり、買占め行動に走っていきます。ニュースも報道番組も3分の2のボリュームでそういうことばかり報道するのですが、津波の被災地のことはそっちのけです。無神経すぎないでしょうか? 「今私たちに何が出来るのか?」という思いがあるなら、まずは枝葉末節な情報をテレビで流さないことでしょう。二言目には情報が無い、政府の説明が良くないと批判するのですが、それはお前らだろ!と言いたくなってしまいます。司会者が不安と猜疑心に揺れていたらどうしても変な方向にミスリードしていくわけで、こんなことを言ったらあれですが、神経過敏症が司会をしていたら目も当てられません。ただ不安を煽ってしまっているだけで、それをまた自信の無い政府が過剰に反応して、積極的に説明行動していくと、さらに失言していくという情報災害のパターンです。 東京のキー局には呆れてしまうのですが、せめて地元のテレビ局は24時間体制で頑張っているのだろうなと思って番組表をネットで確認したら、なんと沖縄と同じような内容です。昼メロあり、お笑いありで、これじゃもうどうにもなりません。テレビ局はバカじゃないでしょうか?地元の道路状況やらガソリンスタンドやら、さまざまな専門情報を欲しがっているのですから、それに答える番組を緊急に立ちあげればいいものを、NHKも高校野球を流している場合じゃないと思うのです。 こういう大災害時はテレビ局も政府主導に協力して、情報を共有化するようなネットワークを作り上げるべきで、この期に及んで視聴率合戦をしている場合ではないでしょう。 金町浄水場で基準値を超えたから飲まないようにいう話にしても、その基準値とは1年間取り続けたらもしかしたら被曝するかも知れないと言う話であって、にもかかわらずまだ数日しか経っていないのにどうしてそんなに騒ぐのかです。どうして政府がそんな判断をしてしまうかです。さながらモンスターペアレンツを怖れる自信喪失の教師状態です。 情報災害といえば大分以前の話になるのですが、民主党が政権を取った時に、小沢さんが全てを仕切っていて鳩山さんにはリーダーシップが感じられないという風潮が強い時機がありました。わたしは鳩山さんがトップダウンで本当にリーダーシップを発揮したら日本は偉いことになると思っていたのですが、案の定、普天間基地問題で日本全国振り回されてしまいました。マスコミというかテレビ局の感性は常にこんなものです。 テレビ局は誰の立場に立ったらいいかですが、当分は東京でなく東日本の立場でしょう。その地域を混乱させるような、そして復興の足を引っ張るような、そして人命をさらに落としてしまうような情報を果たして流していないかどうかです。優先順位を間違えていないか、無意味な番組を流していないかどうかです。 買占め衝動の発信基地はどこなのか?政府をもたつかせている、あるいは政府そのものをミスリードさせていく世論の根源的発信基地はどこなのか?です。そして半ば宿命みたいなもので、テレビ局は半永久的にその最大原因に気が付かないところがあります。 話によると今週のアエラ(雑誌)も酷いらしい。電車の中刷り広告は誰が見ても引いてしまうらしい。信じられないかも知れませんが、週刊誌はこの10年近く読んだことがほとんどないので何とも言えないですが、昔からレベルを知っているので完璧に無視しています。 購買意欲を高めるために刺激的な映像や見出しが躍っているのが週刊誌だと思うのですが、ようするに極端な記事が大半です。わたしもアメリカは大丈夫か、日本の将来はどうなのか?テレビ局は全然ダメだと暗い話はしますが、それは物事を深く考えない無神経さを指摘しているわけで、それは全てストレスになって自分に跳ね返ってくるからたまーに紹介しています。 今被災地では如何にコンパクトに無駄なく復旧させていくかが課題になっているように、政治にしてもテレビにしても、無駄が多過ぎるのです。被災地の現状を考えれば東京的な話題は漫画に等しいです。そうじゃないでしょうか?ものの軽重が分かっていないというか、相変わらず平和ボケしている都民が我が身可愛さに行動している感じがします。そしてその愚かなニーズを拾い上げてしまうのは、東京と言う地域にキー局が集中しているからに他なりません。 週刊誌は常に酷過ぎるので問題外ですが、テレビもまたその影響をもろに受けている媒体です。どこかで語りましたが、本当なら数千にも及ぶ各被災地を3日以内にネットワークで結びつける計画性が政府レベルに求められるのですが、未だに見捨てられている地帯があったりします。初動段階で統括管理センターをどうして築かないのでしょうか? それはテレビマスコミが常に政権と対立軸的立ち位置で行動するから、政権側も活動に集中できなくなってくる面もあるはずなのです。いつもうるさいハエが頭の周りをぶんぶん飛び回っている関係です。テレビ界を敵にしたら簡単に政局になって政権が吹っ飛んでしまいますから、テレビジャーナリストにへこへこした政治家ばかり生まれてしまうので、悪の巣窟は政治の世界というよりも実はマスメディアであるということでしょう。 全国からスペシャリストを徴集して、マスコミも含めてそれこそ一つになる体制を何故作らないかです。つまみ食い的に取材し、ただ受け流していく報道なら要らないわけです。まだ1万人近い身元不明者がいるらしいですが、それにプラスして1万人ぐらいの身元不明人がいるらしい?・・・というニュースが2週間も経って未だに流れていていいのでしょうか? 何かテレビを酷評している発言が多いですが、有名人の大半はテレビの力で飯を食っていることが多いので、悪いことはあまり言わないわけですが、だからどうしてもテレビ(マスメディア)が善、政府が悪みたいな図式になりがちです。しかしこれは本当に大きな間違いなのであって、同罪なのです。その点早く国民が気が付かないと、日本もろとも情報災害で崩壊していくしかありません。 話は変わるのですが、全国から被災地に向けて公務員を派遣する計画が出て来ています。大変いいことだと思います。出来れば霞が関官僚を送って欲しいですが、果たして役に立つかどうか?教師、専門性の高い分野の地方公務員も出来るだけ出向して欲しいものです。 むしろ被災地に率先して飛び込んでいける正義感の持ち主で将来のリーダー候補クラスの職員を各県から5,6名ほど選抜して出向させる感じでしょうか。いずれ地元に帰れば、そのノーハウは全国の防災力の強化につながります。ぜひ実現して欲しいです。 コメント(0) トラックバック(0) |
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マスコミによる風評被害
2011/03/16 23:56:41 |
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文部科学省は16日、福島県内各地で測定した放射線量を発表した。福島第1原発から約60キロ北西にある福島県庁付近で同日午前、1時間当たり18〜20マイクロシーベルトの放射線量を観測。通常の約400倍に相当し、24時間屋外にいた場合、2日間で一般の人が1年間に浴びていいとされる1000マイクロシーベルトに達する計算になる。(時事通信)
これは時事通信からのコピーなのですが、前回話したようにどうしてこうもマスコミは疑い深く神経質なのかと思ってしまいます。そうやって何百倍という表現を安易にすることの注意力の無さによって、福島県には救援物資が届きにくくなっているといいます。 20マイクロシーベルトなんて放射線は無いに等しいだろうと思われる。確かレントゲン1回の分量です。かりに1週間それにさらされても、20×24×7=3,360マイクロシーベルトです。 実は先週から母が入院しているのですが、家族の承諾もなくCTスキャンを2回も病院側がやっているのですが、1回の放射線量はなんと6,900マイクロシーベルトです。2回ですから13,800マイクロシーベルトですから、うちの母は被爆者なのかという話になってしまいます。 ましてや東京の新宿あたりは、0.2マイクロシーベルトですから、無いに等しい放射線量です。それですら神経質に心配して数千件の電話がかかってきたというのですから、如何に大衆に対して冷静にモノを伝えていないかです。テレビの司会者も相当深刻な顔をして伝えているのですが、本人たちはそれに気が付いていません。政府のせいにしています。 現時点では果たして避難するような問題でもないだろうと思うけども、そこは先々のことが不安だから安全を取っているのでしょうが、死ぬ覚悟の人が2,3名いれば1日で解決の目処が立つ問題でもあります。もちろん安全を取って数十名が2,3分起きに交替交替で作業していけば鎮静化に向かうだろうと思われます。こういうときは政界もマスコミも腹を括って協力して、安心するような情報の流し方をしなければならないでしょう。 マスコミが必要以上に疑心暗鬼になって神経質に報道し、世間を騒がせば騒がせるほど世界中を不安にさせ、日本株すら落ちて行くわけで、もう少し腹を括って欲しいと思うわけです。 今の今、優先順位的に日本人一般が考えなければならないことは原発問題ではなくて、最大優先情報は、未だに救援物資すら送られていない地域や医療関係にひっ迫している地域の救済だろうと思われる。節電に協力するとか、軒並み地震が起きていますから、やはり文明への警鐘として反省するところは反省したほうがいいではあります。 原発問題をあれこれ推理小説の如く語り合っても大衆はやることは何も無いわけで、前向きではありません。やおら深刻な顔をして報道すればするほど、あるいは報道記者が枝葉末節な説明をすればするほど、不安が伝染していっている状況です。東電の説明うんぬんよりも、マスコミの煽り根性がより社会や世界を混乱させ不安がらせています。 ところが問題なのはその神経質さに気が付いていません。何故か悪いほうに悪いほうに話を持ってきがちです。現場で活動している人々をもう少し信頼すべきで、報道する側が被曝を問題視して、うるさく突っ込めば突っ込むほど現場で働く人は作業が出来なくなるという人間心理がどうして分からないのでしょうか? 現場の警視庁や自衛隊は体を張って一生懸命やっているんだとエールを送れば送るほど、人間はその気になるものです。放射線がどうのこうの、被曝がどうのこうの、と四角四面な突っ込みをしていると、現場を動かす人も危険なことは出来ない、誰がやるかとなって、放棄してしまうものです。そういう人間の心の機微が何故分からないのかです。 ただでさえ東北関東大震災という未体験ゾーンをみんな暗中模索で歩いているのですから、ここは信頼していくという姿勢が一番大事なところです。 民放は特にひどく、不安な顔して不安な解説をするものだから、ますます不安を醸成しています。マスコミの宿業かも知れません。テレビに視聴者を釘付けさせるには大げさなパフォーマンスが必要になります。他愛もない話を他愛も無く話すと注目してくれないですから、とにかく大げさにコメントしていく体質になっています。 しかしTPOがあると思うわけです。東日本の津波被害に対して喪に服す時機ですから、マスメディアは原発問題を従来通りの立ち位置で、政府や東京電力を攻撃するのは無神経です。不安を煽っている最大の元凶はマスコミの無神経さだろうと思われます。 わたしたちはテレビを通じて政治家を悪く批判することが多いです。そういう番組も非常に多いですが、本当はそれと同罪でマスコミやテレビの無知さにも気が付かないとならないでしょう。そもそも政治家を動かしているのはテレビの利権です。愚かな政治家を生みだしているのもテレビなのです。 なんで分からないのでしょうか? コメント(0) トラックバック(0) |
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2011/09/02 21:30:38