あるがままの実感を2
2012/05/20 19:23:05 |
日常 | 全般 |
|
「忘れ得ぬ師」 「私の尊敬する 人物」 などと云う 題名でものを 書く時、 必要なのは 自分の心を 正直に 描きだす実感で あると云う。 寅彦は きれい事でない 実感を私達に 教えている。 そしてさらに 人の心を打つ のはやはり 個性的な 実感だと 教えている ような気がして ならないので ある。 コメント(0) トラックバック(0) |
|
あるがままの実感を1
2012/05/20 19:11:04 |
日常 | 全般 |
|
寺田寅彦は 恩師の 夏目漱石の 追憶を書いて いる文章の中で こう述べている 。 先生最後の 大患の時は、 自分も同じよう な病気に かかって 弱っていた。 江戸川畔の 花屋で ベゴニアの 鉢を求めて お見舞いに 行った時は、 もう面会を 許されなかった 。奥さんが その花を 持って病室へ 行ったら一言、 「きれいだな。 」と言われた そうである。 と述べながら 「自分にとって は先生が 俳句が うまかろうが、 まずかろうが、 英文学に 通じていようが いまいが、 そんな事は どうでも 良かった。 いわんや 先生が 大文豪に なろうが なるまいが、 そんなことは 問題にも 何にもなら なかった。」 この寺田寅彦 の言葉は、 考えように よっては すごい セリフであって 、読む者を ドキリと させる。 またこうも 述べている。 むしろ先生が いつまでも 名もない ただの学校の 先生であって くれたほうが 良かったでは ないかと 云うような 気がするくらい である。 先生が 文豪に ならなかったら 少なくとも もっと 長生きを されたで あろうと云う 気がするので ある。 尊敬する恩師に 偉くなって ほしくないと 云うのは、 ある意味では 型破りの注文で ある。 寅彦はただ 漱石に 長生きして 欲しかった。 この表現の 底には強い 実感がある。 コメント(0) トラックバック(0) |
|
初夏のジョーク551
2012/05/20 18:06:42 |
日常 | 全般 |
|
三十年後 妻とわたしは 三十年も 結婚生活を 続けていて、 いまだに 愛の生活を 送っている。 と三郎が言った。 妻はかかりつけの 医者と、 わたしは となりの人妻と。
コメント(0) トラックバック(0) |
|
初夏のジョーク550
2012/05/20 17:48:20 |
日常 | 全般 |
|
円満の秘けつ 「わたしたちに 夫婦円満の秘けつ をお尋ねですね? いつもみなさんに お話ししているん ですけど、 わたしたちは 週に二回は 外食することに しているんです。 ロマンチックな 小さなレストラン で。音楽を聴い たり、 ダンスができたり するレストランで ……。妻は 毎週月曜日に 出かけ、 わたしは木曜日に 出かけます」と その紳士は答えた。 コメント(0) トラックバック(0) |
|
笑って川柳
2012/05/20 17:24:24 |
日常 | 全般 |
|
窓際で よかった 同期は 窓の外
コメント(0) トラックバック(0) |
|
[ 次の 5 件を表示 ]




2012/05/20 19:23:05