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乙女心の唄
2020/01/18 18:46:14 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般

みかんが実る頃 歌 藍 美代子
作曲 平尾昌晃

青いみかんが
実った
ふるさとの丘に
今年もとりいれの唄がまた聞こえる甘くすっぱい
胸の想いを
秘かにこめながら小篭につむの
遠くの街のあなた
にも
送ってあげましょう
みかん畑を夕日が赤く染る頃
私は帰るのよ
篭をしょいながら街で働く
好きなあなたと
結ばれるその日を夢に見ながら
海辺の道を
帰るのよ
明日を願って
海の夕日に
そっと祈るの
あなたが帰る日をまた逢える日を
みかん畑の
ふるさとで
私は待つのよ


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幼い日の想い出
2020/01/17 15:45:44 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般

志賀直哉は、小説の神様とも文壇では云われていますが、印象に残っている作品から思い出しながらかいてみる。 その時、私は五歳か何歳か忘れた。五月のある日、私は梯子を持ち出して家の屋根に登り大きな声で歌を歌っていた。屋根の上からは緑の田んぼが一面に広がっているのが見えとてもいい気分であった。屋根の下ではいつの間にか大騒ぎになっていた。母の姿が見えた。顔が青ざめ今にも泣き出しそうであった。「謙作はとてもいい子です。そこを動いてはいけませんよ。じっとしているのですよ。」私はこんな優しい母の声をこれまでに一度も聞いたことなかった。『今、車夫をそこにやりますからね。動くのではありませんよ。」と母は私をなだめていた。私はだんだん怖くなって自分で屋根から降りようとした途端、母の悲鳴にもにた声が聞こえた。私は車夫によって屋根から降ろされたたが案の定、母は泣きながら私を思い切りぶった。私は後年その時の光景を思い出す度に、母だけは私を愛してくれていた。それだけは真実だった。私は母を思い出す度に涙ぐむのである。
小説の一節はだいたいそういう内容だった。私も母の日が近かずくと毎年必ずこの光景を思い出すのである。そして私も又涙ぐむのである。



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地平線
2020/01/17 15:35:35 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般

2011/03/30 20:28:17 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
ロシアの文豪トルストイの作品です。高校時代の英語の時間に習いました。

毎日、思い出しながら少しづつ書いてみますので、感想をきかせて下さいね。
ロシアのある村の村長がこの若者を呼んでこう言った。君は働き者でこの村の模範である。よって褒美をつかわす.その褒美というのは、朝,日の出から夜,日が沈むまでの間に、君が歩いただけの全ての土地を君の土地としてやることにする。ただし、日が沈むまでには必ず出発した所に戻って来ることだと言った。この若者はとても喜び,自分ほど幸せな者はこの世の中にはいないと思った。そしていよいよその日がやって来た。その日は、雲一つない晴天だった。若者を励ます為に大勢の村人達がやって来た。そして夜が明けるのを待っていた。そうしているうちに、はるかかなたの地平線に太陽が今にも昇ろうとしたとき、若者は勢いよく歩き始めた。若者は幸せだった。自分が歩いただけ土地が貰えるなんて、これで村一番の大金持ちになれる。若者は胸一杯膨らまして果てしないロシアの大地を大急ぎで歩き続けた。若者はどんどん歩いた。太陽はまだ頭の上だった。若者はパンと水を取っただけで歩きつづけた。太陽がやっと西に傾き始めた。そこで若者はやっ
と引返し始めたのだった。−−−−つづく


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夢の彼方に105
2020/01/05 11:56:04 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
翌日、名護からの帰りに書店に入り英単語集を買った。職場では出張の報告の書類作成や湯沢自身の簡単な長期予測を書き入れ課長に提出した。湯沢は今では地質調査ではかなり高く評価されていた。その日湯沢は下宿先の主人が入院している県立那覇國際医療センターに行った。その後の経過が気になっていた。病棟に行くと、奥さんがいて、少しだけなら主人と話しが出来ると言った。湯沢は主人の手を握りお大事にと言った。かなり回復は早かった。脳梗塞の初期の治療が早かったのであろう。湯沢は母親に娘達が見舞いに来たら、湯沢のおじさんが回転寿司に連れて行くから声をかけるようにと言った。それから暫くは静かな日がつづいていたが湯沢の母親の体調が良くないと妹から電話があった。
つづく


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夢の彼方に104
2019/12/31 16:56:51 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
湯沢陽一は週明けから北部に出張させられていた。今度は東海岸の方だった。地質調査はかなりこなしていたので短期間に広範囲に渡り進めていた。最終日の夜、久しぶりに名護の八重桜の里に行った。驚いたことにそこに相川桃子が再び働いていた。ママさんが湯沢さんどうしているのかねーと話していたところでしたよ。本当に久しぶりと言った。またママさんが相川桃子さん、小川伸介さんを探し廻ったそうだが見つからずまた戻って来てくれたわと言った。相川桃子はいきなり湯沢に抱きついてきた。久しぶり、元気でした?と嬉しそうに行った。結局、小川伸介さん何処にもいなかったんです。大部探したのですがと言った。湯沢は小川伸介については余り聞かなかった。何処までが本当か分からなかったからである。湯沢は相川桃子から今夜は私のアパートに泊まってとしつっこく誘われたが断った。相川桃子は、帰り際、少し歩きましょうと云うと海岸の方に湯沢を連れて行った。そしてかなり濃厚に抱きついていた。
つづく


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