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都の日暮れ532
2017/09/20 16:25:53 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
都の日暮れ 532
兄の洋八は暫くしたら母さんと私の資産と倉田総合産業の所有株式を洋平と半分ずつにしようと言った。しかし、あんなに元気だった母さんにもう会えないかと思うと…と言葉を詰まらせた。洋平は野中にも葬儀の事や釧路の事等の御礼を言った。そして兄の洋八が倉田の資産は半分ずつにしたいと言っていると告げた。また洋平は野中から宮沢智恵子の様子を奈津子から聞いていてくれ。。すまないがあと一週間は休ませて貰いたい。また臨時株主総会は来年の一月十五日に開きたいと言った。野中が何でも言ってくれ、早く元気になってくれと言った。兄の洋八の話しでは専務の英二は私の言うことは聞いてもいいが洋平には腹が立つことが多いと言っていた。洋平もこれからどうするか考えておくように。外国行きはあきらめてくれ。お前が外国に行くと俺一人になる。頼む、スイスのアルプスを見ながら猟銃を引くのだけは私が許さない。お前は今でもそれを考えている。私を一人にしないでくれと言う兄の涙声を洋平は聞いた。たった一人の兄の声だった。その日は冬の雨がひっそりと降
っていた。
つづく


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都の日暮れ531
2017/09/20 11:22:56 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
都の日暮れ 531
倉田洋平は母が亡くなってから毎日のように実家に行った。兄の洋八は洋平が行く度にアルバムを見ていた。仏壇には花とお茶が供えられていたが線香の香りがただよっているのがただただ悲しかった。洋平が兄の洋八に外国から帰って来てくれて良かった。それが母さんへの思いやりになった。これから二人で倉田の事を考えていこう。倉田総合産業の事もどうするかだ。と洋平は言った。洋平、結納を交わしたあの女性も見えていたそうじゃないか、滅多に出来る事ではない。なあ洋平、もう一度、その女性とやり直せないものかなと洋八は言った。洋平はだまっていた。暫くして洋平が洋八から預かっていた十億円は母に預けてある。何時でも受け取ってくれとも言った。
つづく


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秋の日
2017/09/18 19:59:45 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
今日も
暮れて
いきました。
今日は
いい日でしたか
明日もまた
いい日で
ありますように。


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都の日暮れ530
2017/09/18 17:17:09 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
都の日暮れ 530
京都東山新医療センターでは翌日の明け方、洋平と洋平八、宮沢奈津子の三人に看取られながら母親は静かに眠りについた。洋八は気丈だったが洋平は長い間泣いていた。母親を亡くし洋平は兄洋八とたった二人だけになった。朝早くから京都のお茶会、生け花、日本舞踊の関係者が病院に見え、御悔やみを言った。母親はその日、お茶会で伝統的な作法に載っとって茶一幅飲みおえ、暫くして崩れ落ちりように畳の上に倒れたそうで様子がおかしいと直ぐに救急車で京都東山新医療センターに運ばれたとの事で家族の事は何も話されなかったと言った。洋平達は直ぐに全日空に電話をし母親を那覇の自宅に連れて帰ったようであった。宮沢奈津子は直ぐに札幌に居る姉の智恵子に知らせたらしい。沼田安子は既に沖縄に帰っていた。奈津子はまた友坂理恵と連絡を取り皆に知らせるように頼んだ。母親は心不全で亡くなったのである。つづく


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都の日暮れ529
2017/09/18 14:56:02 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
都の日暮れ 529
倉田洋平の母親の葬儀は那覇の郊外にある東慈恩寺で執り行われた。県内の産業界でもかなり知名度の高い倉田総合産業の葬儀とあって沢山の人達が参列した。祭壇には在りし日の倉田洋平と洋八の母親のにこやかな写真が菊の花で飾られていた。親族の席には洋平他会社の重役の方達も座って貰った。親戚の人達が少なかったからである。葬儀の最後辺りから洋平の知人友人と洋平の回りの女性達が次々に焼香していた。その中にあの宮沢智恵子の姿があった。何時北海道から帰ってきたかは知らなかったが痩せてはいたが元気そうにしていた。智恵子と奈津子は洋平にも深々と頭を下げていた。至るところ供花が成されていたが、洋平にとって智恵子が元気になって洋平の母親に最後の別れをしに来てくれたことはなんと言っても幸いだった。
つづく


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