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夢の彼方に 22
2018/06/17 17:13:33 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
夢の彼方に 22

名護市内の繁華街にスナック八重桜の里はあった。久しぶりだった。週末だったが店はすいていた。ママさんがびっくりしていた。そして、湯沢陽一にいろいろ調べられたそうね。私ね、名護港警察署に行ってきたの。店の客が忘れたらしい作業服を持ってねと言った。湯沢陽一は、ママさん御心配をかけました。事件前日に事件現場近くで土壌調査をしていたからなんですと言った。小川伸介は側で聞いていた。大きな胸を見せながら、ママさんが、湯沢陽一さん、あの時の厭な思いを私のこの体で慰めてあげるね。来週辺りにホテルで過ごしましょうと言った。暫くして遅くなりましたと長身のこれまた美人の女性が入ってきた。ママさんが最近入った相川桃子ですと言った。小川伸介は、どうぞと言い、ビールを飲み交わしていた。どうも小川伸介の好みのタイプのようだった。相川桃子は長い間静岡にいたと言った。三十を少し過ぎていたが小川の肩に手を置いて体を触れさせていた。間違いなく、男が欲しそうな妖しい目になっていた。
つづく


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体重を本当に減らす方法 1
2018/06/17 13:48:15 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
体重を本当に減らす方法 1

これから書くのはある本に書いてあるがまずは本当か考えてみたい。

食べる量が少なければ少ないだけ、その分ますます体重は増えるとある学者は言う。こんな突飛な言い方をするのが大好きな事はみとめるが、この逆説は真実なのだと学者は主張する。
つづく


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夢の彼方に21
2018/06/16 11:34:46 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
夢の彼方に 21

湯沢陽一はその後、暫くは何事もなく仕事を続けていた。相変わらず、週末には小川伸介と名護の居酒屋で飲んでいた。その日も本らしきものを二冊持っていた。小川、仕事は上手くいっている?いろいろ勉強しなければならないこともあるのと聞いてみた。いや仕事上の事ではないんだ。かなり取り引きも上手くいっているよ。冬のボーナスが楽しみだよと言った。小川、うちの母親が心臓弁膜症でな。最近よくないんだ。来年の新年度に那覇に戻して欲しいと申しいれる積もりだといった。小川は、それは心配だな。時々、那覇に帰れよ。僕も来年、那覇に戻りそうだといった。そして、小川がこれから名護市内にあるあのスナック八重桜の里に行ってみようと言った。
つづく


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夢の彼方に20
2018/06/13 16:32:18 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
夢の彼方に 20

電話は久しぶりなあの赤川ー子の声だった。湯沢陽一さん、赤川ー子です。御元気ですか?本当に久しぶりねと言った。久しぶり、元気でしたかと陽一も言った。私ね、今は國際湘南航空会社に勤めています。総務課にいます。会社は那覇の新都心にあるの。と言った。陽一は、そうですか?再婚は?と聞いた。まだその気にならないのと言い、北部の女子中学生行方不明事件で名護港警察署は地方公務員から事情を聞いているとの報道に心配したわ。湯沢陽一さんの事だからと思いはしたがと言った。陽一は、たまたま事件の前日、事件現場近くで土壌調査をしていたものだから、あの辺の人はみな何らか聞かれてねと言った。とにかく、那覇に帰って来た時は私に連絡してと赤川ー子は言い切れた。綺麗な、綺麗な横顔が目に浮かんでは消えていた。翌日、陽一は次長の長作健三に呼ばれた。湯沢陽一、事情聴取までされ大変だったな。那覇の部長からも心配の連絡があった。来年の春の人事で那覇に戻したいとも言っていたよ。まあ、いろいろあるさ、余り気にするなと言われた。次長、御心
配をおかけしましたと言った。 つづく


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夢の彼方に19
2018/06/10 14:34:41 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
夢の彼方に 19

それから三週間ばかりたっていた。湯沢陽一は週末には相変わらず小川伸介と居酒屋で飲んでいた。北部での女子中学生事件は何ら進展は無かった。謎は深まるばかりだった。小川が、湯沢は知っていると思うが今年の五月頃から辺土名地区では名護の羽地から国頭村辺土名まで海岸線拡張工事が始まり、約二十人ほどの道路作業員が採用された。作業現場が事件現場の近くだと云うこともあって、作業員は全員事情を聞かれていたらしいと言った。湯沢陽一は、薄々は知っていたが警察署が取り調べとまではと溜め息をついた。小川が近く、あのスナック八重桜の里に行ってみよう。何かが分かるかも知れないと言った。被害にあった五反田家では毎日親戚が集まり心配していた。ただ気になることがあった。五反田奈理子の父親の兄弟姉妹は三人いたが、その父親が亡くなり相続問題から三人間で仲が悪くなっていたらしく、特に奈理子の父親の弟二人はこの事件でも非協力的だった。父親は家族の生活もあってまた遠洋マグロ漁船の乗り組み員として沖縄を離れていた。湯沢陽一は那覇の実家
に帰った時の事を思い出し、赤川ー子に電話をした。
つづく


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