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地平線
2011/03/30 20:28:17 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
ロシアの文豪トルストイの作品です。高校時代の英語の時間に習いました。

毎日、思い出しながら少しづつ書いてみますので、感想をきかせて下さいね。
ロシアのある村の村長がこの若者を呼んでこう言った。君は働き者でこの村の模範である。よって褒美をつかわす.その褒美というのは、朝,日の出から夜,日が沈むまでの間に、君が歩いただけの全ての土地を君の土地としてやることにする。ただし、日が沈むまでには必ず出発した所に戻って来ることだと言った。この若者はとても喜び,自分ほど幸せな者はこの世の中にはいないと思った。そしていよいよその日がやって来た。その日は、雲一つない晴天だった。若者を励ます為に大勢の村人達がやって来た。そして夜が明けるのを待っていた。そうしているうちに、はるかかなたの地平線に太陽が今にも昇ろうとしたとき、若者は勢いよく歩き始めた。若者は幸せだった。自分が歩いただけ土地が貰えるなんて、これで村一番の大金持ちになれる。若者は胸一杯膨らまして果てしないロシアの大地を大急ぎで歩き続けた。若者はどんどん歩いた。太陽はまだ頭の上だった。若者はパンと水を取っただけで歩きつづけた。太陽がやっと西に傾き始めた。そこで若者はやっと引返し始めたのだった。−−−−つづく

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岐阜の雨
2011/03/29 20:18:56 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
毎日新聞の日曜日のコラムに確か男の気持ちーと云うのがあります。数年前、読んだものですが泣きました。思い出しながら書いて紹介します。これは小学生の作品でした。
お父さんが急いで会社から帰って来て、これから直ぐに岐阜に行くと言った。おじいちゃんが亡くなったといった。私達兄弟は急いで準備をして車に乗り込んだ。岐阜に着いた。岐阜は雨だった。おじいちゃんの家に行くと、おじいちゃんの顔に白い布が被せられていた。おじいちゃんは、私達兄弟をとても可愛がってくれていた。
その夜、私達兄弟は、おじいちゃんの匂いがいっぱいする布団を被って寝た。
翌日も岐阜は雨だった。東京に帰る時に弟が言った。お兄ちゃん、この雨はおじいちゃんが亡くなって皆が悲しんで泣いている涙なんだよねと言った。この雨の音を聞きながら私は、あんなに可愛がってくれたおじいちゃんにもう二度と会えないと思うと悲しくなって私はいつまでも泣いていた。これがそのコラムに書かれていた内容だったと思いますが読みながら泣けてきました。
高齢化時代を迎えています。今一度、おじいさん、おばあさんの優しさを思い起こして優しく接して欲しいものです。



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幼い日の思い出
2011/03/28 20:31:55 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
志賀直哉は、小説の神様とも文壇では云われていますが、印象に残っている作品から思い出しながらかいてみる。 その時、私は五歳か何歳か忘れた。五月のある日、私は梯子を持ち出して家の屋根に登り大きな声で歌を歌っていた。屋根の上からは緑の田んぼが一面に広がっているのが見えとてもいい気分であった。屋根の下ではいつの間にか大騒ぎになっていた。母の姿が見えた。顔が青ざめ今にも泣き出しそうであった。「謙作はとてもいい子です。そこを動いてはいけませんよ。じっとしているのですよ。」私はこんな優しい母の声をこれまでに一度も聞いたことなかった。『今、車夫をそこにやりますからね。動くのではありませんよ。」と母は私をなだめていた。私はだんだん怖くなって自分で屋根から降りようとした途端、母の悲鳴にもにた声が聞こえた。私は車夫によって屋根から降ろされたたが案の定、母は泣きながら私を思い切りぶった。私は後年その時の光景を思い出す度に、母だけは私を愛してくれていた。それだけは真実だった。私は母を思い出す度に涙ぐむのである。小説の一節はだいたいそういう内容だった。私も母の日が近かずくと毎年必ずこの光景を思い出すのである。そして私も又涙ぐむのである。

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学生時代の思い出
2011/03/25 20:30:32 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
中学時代の思い出です。中学一年の学芸会で浦島太郎の英語劇に出る事になった。私は自分が浦島太郎の役だとばかり思っていた。が、実際は村人その一でした。私の出番は最後の場面で、浦島太郎が自分の村に帰って来るところだった。舞台中央で浦島太郎とすれ違う役で、台詞は、わかりません、たったそれだけでした。先生にきょろきょろしないですぐ退場と言われた。私の母は学芸会に出ると知り私の為に着物を縫ってくれた。今でも思い出すといい思い出になっている。

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話しの花畑
2011/03/22 20:26:24 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
私は一昨年の暮れ頃、那覇のあるスナックでビールを飲んでいた。久しぶりにエビスビールだった。カラオケからは良く耳にした長崎を歌った曲が何曲も流れてきた。私はビールを飲むのを止めて聞き入った。懐かしい曲ばかりであった。隣りにいた客が言った。お客さん長崎に行った事がありますか?有りますとも、長崎に住んでいた時期も有るのです。長崎は今日も雨だった。確かに真坂と云う坂はなかったが、坂が多くて雨もよく降っていた。その客は長崎から沖縄に赴任してきたばかりの長崎県出身の人だった。私はそれから数日して古い手帳を探してみた。あった。それには、長崎で過ごした数年間の主な行事日程がぎっしりと書かれていた。私は思った。携帯電話のEメールを使って長崎にいた頃の思い出を小説風に書けないものかと思案した。その頃私はパソコンがつかえなかった。私は意を決し、「トウモロコシとの出会い」というタイトルでその日から携帯電話のE メールを打ち続け、「つづく」「つづく」で文章を綴っていった。沖縄から長崎に行き就職し、多くの人達に励まされながら沖縄に帰るまでの事を綴ったのであるがまだ完成してはいない。沖縄に帰る年の冬の寒い雪の積もった日の佐世保港の近くのレンガ造りのコーヒー館で、ある人に手紙を書いている場面までやっと三百八回目までは何とか進んでいる。今年で三年目になるがまだ完成させてはいないのである。今年の年末までには是非とも一篇完成させたいものである。

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