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私の選ぶ笑いの川柳 1 8
2011/09/26 14:21:29 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
1、 「昼食に迷うこと無し我が財布」

2、「化粧とりプールに入ったママはどこ」

3、「字が出ないパソコンみたらなまってた」

4、「晩酌で鍛えた妻にからまれる」

5、「妻の声昔ときめき今動悸」

6、 「ご飯いる?」「いる」の返事で妻不機嫌

7、 「夢の中夢のないこと言っている」

・秋の空は美しいが、泣かないぞ。また、明日。

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ギャグ
2011/09/26 13:05:19 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
1、「会議中に鳴ってさ、あせってマナーモードに設定した」

2、「フランス料理はソースが決め手だそーす」

3、「サードがエラー、さーどうしたもんか」

4、「でもランナーがおらんなー」

5、「演歌は人生の応援歌です。」

「そんな演歌歌ってもらえんか?」

6、 「福島で入院したら回復しました」

7、 「成田空港でヒーローになりたかった」



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トウモロコシに吹く風158
2011/09/26 09:08:55 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
午後になって三宅課長本人との面会が許された。意識が回復したからであった。僅かな時間だったがこれで確実に助かったと思った。神戸から三宅家の運転手の山本さんがついた。続いて長崎から二人の女性が見舞いにやって来た。長崎市内のスナックに勤めていて三宅課長にはよく利用してもらっていると言った。ハウステンボスの知人から連絡が有りびっくりして飛んで来たと言い綺麗な花束を両親に渡していた。両親も次第にに落ち着きを取り戻しつつあった。関課長がやって来た。佐世保市内にある佐世保国際グランドホテルに予約してあると言った。そして明日は朝から友坂課長、明後日は関課長が付き添いをする事にしておりなんでも私達に言って欲しいと協力的だった。両親にその旨説明すると有り難いことですと言い関課長の案内でホテルで休んでもらう事にした。ナースステーションの人達も時々私に声をかけに来てくれたりした。三宅課長は若く体力が有りその回復ぶりには目をみはわざるをえなかった。午後から夜にかけてもハウステンボスの営業部の職員やセンターの職員数人が見舞いに訪れていた。やはり三宅課長はみんなに優しかったのがよくわかるような気がした。今夜は私が付き添いとして残り両親も山本さんもホテルで休んでもらう事にした。私は、これからの三宅課長がこれまで通りハウステンボスで勤務が出来るだろうか。回復したらこれを機に退職する可能性も無いとは言えないと考えたりもした。病院は何事もなかったように静まり返っていた。                   つづく   


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トウモロコシに吹く風157
2011/09/26 08:57:24 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
専門医の杉沢医師が言っていた心臓の手術は何とか避けられないものだろうかと必死に願っていた。暫くして三宅課長の父親が小さな声で言った。私達両親はあまりにも急な知らせに動転して佐世保に来てしまいました。ここを離れたくはないのですがホテルの予約や何かと費用がいります。銀行まで行きたいと思いますがよろしいでしょうかと言った。私がその心配は有りません。ホテルの予約は社の人に頼んであります。私も急な出費の為に五十万円ほどは用意しておりますのでどうぞそれをお使い下さい。また何なりとおっしゃって下さいと言って五十万円が入った封筒を手渡した。それでは一時凌ぎに拝借しますと言った。父親はうちの運転手の坂本が今日車で佐世保につく事になっているとも言った。その時、両親がナースステーションに呼ばれた。長い時間が流れたような気がして私はかなり緊張して待った。ようやく両親が戻って来て私に言った。助かったようです。手術の必要も無いという事でした。意識も戻りつつありやがて本人と話しが出来るようになるかも知れないと杉沢医師が言っていました。と、涙ぐみながら話した。私も思わず涙を流した。本当に良かったと思ったのであった。病院内の食堂で軽く食事を済ませた頃から三宅さんの身内の方ですかと言って何人かの人が見舞いに来た。ハウステンボスの竹本営業本部長も姿を見せていた。私は三宅課長、よく頑張ったとなんども呟いていた。                           つづく


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