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あかね空に吹く風340
2013/04/27 14:12:39 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
私は柴田の叔母

さんのいる浦添

のはながすみに

行った。

洋介いつも

すまないねー。

が口癖になって

いた。

沢本さんに会う

ことが出来た。

少し相談がある

のですがと私が

言った。

三月のことです

が柴田さんの

実の姉、

私の母親のお墓

が浦添に建造中

ですが三月に

完成します。

今浦添にある

お寺にお預かり

願っております

が三月にお墓の

方に迎えること

にしています。

その当日妹で

ある柴田の

叔母さんに参列

出来たらと

思っております

。私には家族が

おりません。

それで特別に

手当ては出し

ますから何人か

付き添いを

お願い出来ない

かと思っており

ます。すると

沢本さんが所長

と相談して

ご希望に添う

ように致します

と言った。

山野さんも大変

ですねとも

言った。

沢本さんが付き

添って頂ければ

いいですがねー

。と言って

ケーキを手渡

した。外は

いつの間にか

雨になっていた

。その夜紀子

姉さんから電話

があった。

一日も早く帰り

たいが帰れない

と云い帰って

から返すので

至急五十万円

送って欲しいと

言ったが私は

叔母さんのこと

をやっている

ので他の人に

頼んで欲しいと

断った。

このようにして

おけば帰って

来るのが早まる

気がしたからで

あった。つづく


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あかね空に吹く風339
2013/04/27 10:55:24 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
柴田の叔母さん

はすっかり

良くなり安心

していた。

浦添のお墓の

建造も進んで

いた。

寒さも続いて

いた。三月は

相続税の納入

時期である。

それとお墓が

完成した後の

一連の法事が

ある。

それがすめば

割合気持ちも

楽になりそう

だった。

叔母さんに

いろいろやって

まらいたかった

がそれも出来

なくなった。

その後も紀子

姉さんからは

何の連絡も

無かった。

私にとっては

比較的静かな

日が続いていた

。法事が済み

、相続税を完納

したらかなり

精神的に楽に

なるだろうと

思ってはみたが

不安でもあった

沖縄では

お墓参りは

親戚そろって

四月から五月に

かけて晴明祭と

してやるのが

慣わしになって

いる。また

旧の七夕に

お墓の掃除を

する慣わしが

ある。これから

は全て私一人で

お墓参りをする

事になる。

山野の母さんと

洋二のお墓が

完成したらある

程度の完成祝い

もしなければ

ならないだろう

と思った。

三月はとにかく

忙しくなり

そうだった。

つづく


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遥かなる海峡15
2013/04/26 16:22:50 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
江田川菜々子の

話しはかなり

表面的な話しが

多く人間関係

などの掘り

下げた話しは

聞けなかった。

どのあたりから

姉の奈穂子の

病院外での事が

わかったので

あろうかと

思ったが次に

聞く事にした。

菜々子も私に

対し最初は

かなり懐疑的で

有ったが今では

かなり詳しく

話すように

なっていた。

都さんは

菜々子の姉の事

は知らない

ようだった。

私は菜々子が

出勤しない日は

都さんに積極的

に接近する為に

都さんにかなり

売り上げを協力

した。この世界

は従業員同士の

競争いわゆる

客の争奪戦は

凄まじいものが

感じられた。

北谷青風会病院

が開院してから

は奈穂子の

勤めている病院

からかなり医師

が移ったという

。日が経つ内に

心疾患の患者が

北谷青風会病院

に殺到し手術の

予約待ちの状態

も珍しく

なかった。

奈穂子の病院

からも青風会

病院に移って

いく患者もいた

が奈穂子には

変わった動きは

無かったようだ

。しかし病院間

の連携は次第に

強くなっていき

、奈穂子達

ナースも青風会

病院に行く機会

が増えていった

。つづく


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あかね空に吹く風338
2013/04/26 15:05:28 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
竹田さんは

ありがとう

ございました。

沢本さんから

あんなに沢山の

お礼を頂きま

してと言った。

私はいろいろ

ありがとう

ございました。

親戚の叔母さん

はすっかり良く

なっております

。と言った。

竹田さんが意外

なことを言った

。私は以前

モデルをやって

いました。

山野さんカメラ

の方のご趣味は

?と聞いた。

私は全くあり

ません。また

カメラを買った

ことも写した

こともありま

せんと言った。

是非高級な

カメラを買って

私を写してくれ

ませんかと

言った。

いいスナップ

写真が撮れると

思いますよと

云いこれからは

写真を撮るのを

趣味にして

下さいねと

言った。

カメラを買われ

たらいつでも

連絡して下さい

と言って切れた

。また一つ

思わぬことが

舞い込んできた

。これは何を

意味している

のかわからな

かった。

モデルだった

とはどうしても

考えられな

かった。しかし

あの竹田さん

ならふくよかで

いい写真が

撮れるだろうと

写したことも

ない私が想像

していた。つづく


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あかね空に吹く風337
2013/04/25 20:52:04 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
夕日からの電話

の後なんとなく

寂しかった。

中学生のあどけ

ない時から

知っており山野

の祖父とも仲が

よかつた。

サイをつかう

凛々しい夕日の

姿は何ともいえ

ないいい感じ

だった。

その夕日が今

間違いなく遊び

まわっている。

私は本気で

遺産相続をして

入金されていた

全ての預金通帳

を夕日に一時的

に預けておこう

とさえ思って

いた。もうこれ

以上お金は渡さ

ないことにした

。二月に入り

お墓の建造が

始まった。

柴田の叔母さん

にも話した。

しかし紀子は

いつ帰って来る

かねーと言わ

れるとつら

かった。

私ははながすみ

に行く度に

沢本さんに

ケーキを手渡

した。

沢本さんがいた

為に私は柴田の

叔母さんの事

では苦になら

なかった。

家賃と年金は

きちんと入って

おり叔母さんの

力で生活して

いた。暫くして

竹田さんから

電話があった

。つづく


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