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あかね空に吹く風307
2013/04/17 18:35:35 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
それは暫くして

から起こった。

私はその日

洗顔していた時

、携帯が鳴った

。こちらは

西原消防署の

救急車ですが

山野さんですか

と言い、

柴田としさんの

親戚ですかと

言った。

柴田さんが

今朝方救急車で

那覇市立病院に

運ばれました。

集中治療室で

治療を受けて

います。

直ぐ来て

いただけません

かと言った。

私は直ぐ

那覇市立病院に

向かった。

柴田の叔母さん

は急性の心疾患

で確かに

集中治療室に

おり面会謝絶に

なっていた。

私は職場に

連絡した。

午後になって

やっと主治医

から話しが

聞けた。

心室に異常が

認められました

。懸命に治療に

当たっているが

家族を呼ぶ

ようにと言われ

た。たまたま

私の携帯に紀子

姉さんの携帯

番号が残って

いた。私は直ぐ

連絡したが

つながらな

かった。

何度か連絡を

取った末やっと

つながった。

事情を説明する

と大阪から直ぐ

に帰るので

よろしくと涙声

で言った。

午後また主治医

に呼ばれ助かり

ます。と言い

良くなりつつ

あると言った。

明日あたりから

場合によっては

一般病棟に移る

かも知れない

とも言った。

私は涙が出た。

母さんを思い

出していたので

あろう。夜に

なった。

紀子姉さんが

やって来た。

私は安心したが

相当疲れていた

。私が紀子

姉さんにもう

大丈夫のよう

ですと言うと

紀子姉さんは

私を抱きしめて

ありがとうと

何度も言った。

紀子姉さんの

胸は相当大きく

感じられた。

つづく


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あかね空に吹く風306
2013/04/17 15:58:13 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
法隆寺で三人の

女性にあった。

写真を撮って

やり岐阜の

お土産を渡した

。帰り際に名刺

を渡した。

年末にその中の

二人が保険の

勧誘でやって

来た。

もう一人は

保険業の

かたわら夜

久米のスナック

に勤めている

そうだ。さらに

三人の内の一人

が誕生日に招待

したいような

ことも言った。

三人の意図が

良くわからな

いんだ夕日。と

言った。しかし

夕日も

洋介も気をつけ

ないと大変に

なるよとしか

言わなかった。

遅くならない内

に帰した。

私は何故か

夕日にも失望

していた。

夕日には年末に

これまでのお礼

として焼き鳥屋

で五十万円

渡していた。

年明け五十万円

足りないと言う

。この百万円で

十分だろうと

思った。しかし

夕日までが

お金に困って

いては誰にも

相談できなく

なっていた。

私はその日

とても

寂しかった。

つづく


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遥かなる海峡3
2013/04/17 12:00:22 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
店に入り辺りを

見回した途端

大きな拍手が

響いた。

そこには定刻を

待ちきれない

友人達が早くも

十人座っていた

。私の顔を

みんな懐かし

そうに覗いて

いた。

高校を卒業して

以来の友達が

殆どだった。

皆んな元気

だったかと

言って席に

ついた。同級生

の中には医者も

いれば弁護士、

教師、会社社長

と多士済々で

あった。

私のような

小さな自営業や

公務員と職業が

卒業後このように

変わっていた。

残念なことに

病気で亡く

なった友人も

何人かいた。

警察本部にいた

宇津美君も

辞めてしまって

いた。私達の

クラスは男子

ばかりだった

ので自然と女子

の話しで盛り

上がっていた。

これからも

定期的に集まり

をやろうじゃ

ないかと言う

ことでお開きに

なった。

私は皆んなとの

二次回を断り

久米辺りを歩き

ながらあるビル

に入った。

エレベーターを

待っていた。

客を見送った

女性がどうぞと

エレベーターに

乗った。

私はその女性の

後を追うように

三階のスナック

に入って行った

。この店から

この話は

始まったので

ある。つづく


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あかね空に吹く風305
2013/04/17 11:04:33 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
里谷夕日とは

那覇大橋近くの

能登の海で

会った。夕日は

新年おめでとう

と言い、

私の遺産相続の

経緯を聞きた

そうにしていた

。私は岐阜の

飛騨古川の

果樹園と経営権

の辺りから

詳しく話し

始めた。

夕日は不思議

そうな顔をして

聞いていたが

前回よりは聞き

入っていた。

果樹園と経営権

は中部電力の

取締役である

館林さんの

お蔭で一括して

五億円で売却

した。

とここまで話し

暫く刺身を

味わっていた。

夕日が洋介は

そのお金を何に

使おうとして

いるのかと

聞いた。

突然の事で全く

わからないと

言ったがいろ

いろ出費も増え

てきていると

言った。

夕日とは気心も

知れているので

話しておく

積もりだった。

夕日が経済的に

苦しく車の

修理代が必要だ

と言った。

細かい事はいい

。いくら必要

かと聞くと

五十万あれば

助かるとのこと

だった。

私は百万円用意

していた。

夕日これを

使ってくれと

言って百万円を

渡した。本当に

いいの?と言い

ながらも喜んで

いた。夕日少し

私の話しを

聞いてくれと

言って、

法隆寺で会った

三人の女性の事

を話し始めて

いた。つづく


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