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あかね空に吹く風317
2013/04/20 17:07:57 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
那覇市立病院に

行った。

柴田の叔母さん

の病室に行った

。洋介ねー、

何時もありが

とうねー、と

言い、紀子は

朝の飛行機で

大阪に行ったよ

。いつ帰って

来るかねー。

私はね心配して

いるのだけど

ねーと言った。

退院するまで

には帰って

来ますよ。と

言った。

大分良くなった

よ洋介。先生が

も早く良く

なったと

びっくりして

いるよー。と

言い笑った。

私は九時頃まで

いて病室を出た

。久米に向かっ

た。北田さんが

勤めている

アルルの森に

行った。意外と

すいていた。

北田さんは

喜んでいた。

最近見ない間に

かなり厚化粧を

していた。また

香水の匂いも

強くなっていた

。年明けは女性

は皆そうかも

知れないと

思った。

北田さんが私の

側に座って

法隆寺で会った

他の人達の事を

聞いていた。

暫くしてから

北田さんが電話

で話しましたが

少しお貸し

下さい。保険料

の立て替えと

母親の介護施設

への支払いが

遅れているので

お願いしたいと

言った。

知り合って

まもないのに

何故私なの

だろうかと

思った。いくら

必要ですかと

聞くと五十万円

と言った。私は

明日振り込み

ますので口座を

教えて欲しいと

言った。つづく


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遥かなる海峡9
2013/04/20 16:04:59 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
沖縄本島の

平安座島

(へんざじま)は

太平洋側の勝連

半島の北東約

四キロメートル

、周囲七キロ

メートル、

面積五、三二

平方キロの

小さな島である

。勝連半島の

屋慶名から

海中道路で

結ばれている。

平成二十四年

には人口は

約千三百人と

聞いた。

そういう小さな

島だから学校は

平安座小中学校

があり高校に

進学する時は

島から離れる

ことになる。

前原高校は

勝連半島の

近くにあった。

平安座は以前

から沖縄本島

では

バレーボールが

強いと云う印象

を与えていた。

そういうことも

あってか

前原高校は

スポーツが

かなり盛んな

高校でもあった

。つづく


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遥かなる海峡8
2013/04/20 15:08:02 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
菜々子さんが

ビールを頼み

ながら言った。

私達家族は四人

ですが父親が

四年前に亡く

なりました。

母親は姉の行方

がわからなく

なってから急に

気落ちして今

中部のある

老人介護医療

センターに入所

しております。

まだ話しが出来

ますがせめて

母親が元気の間

に姉の行方が

わかればと

願っています。

父親が残して

くれた預金と

企業年金や

積立金で

どうしても姉の

行方を探す

ようにと父親は

私に最後に

言い残しました

。父親は最後

まで姉は生きて

いると信じて

いました。

私もそう思って

います。

と私は思いがけ

ないことを

聞かされたの

だった。一年前

にも吉澤さん

みたいにこの店

である男の人に

協力を頼みまし

たがいろいろ

条件をつけ

何一つやって

貰えません

でした。

吉澤さんも

どれだけ協力

して貰えるか

わかりませんが

費用は出します

から姉を何とか

捜してやって

下さいませんか

とハンカチで

目を拭きながら

私に頼んでいた

。私は菜々子

さんに自分の姉

と思って協力

しますと誓った

。つづく


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遥かなる海峡7
2013/04/20 11:55:55 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
私はその日

早めに美栄橋の

小料理屋

よしだがわに

行った。

店は直ぐ

わかった。

菜々子さんは

すでに来ていた

。吉澤さん来て

下さったの

ですねと言い

笑った。

今日は私が

ご馳走します

からうんと

召し上がって

下さいね。

魚料理が

おいしい店です

。と言った。

菜々子さんに

まかせますから

と言いビールを

取った。

この店で菜々子

さんから

いろいろな

話しを聞くこと

になるが余り

長い話しの為

少しずつ述べて

いきたい。

菜々子さんは

私は江田川

菜々子が本名で

勝連半島から

海中道路で

行ける平安座島

の出身だと

言った。

吉澤さんの

お名前はと

聞いたので

改めて私は

吉澤秀一で

那覇市の出身

だと言った。

私は七年前に

離婚して現在

首里に住んで

いる者だと

言った。

首里で農産物を

扱う自営業を

していると

言った。

菜々子さんは

店で見るより

はるかに綺麗で

ふくよかな

体つきをして

いた。

この店を菜々子

さんは良く来て

いるとみえて

かなり親切

だった。

刺身、魚の煮物

、魚の唐揚げと

料理はなかなか

のものだった。

菜々子さんも

ビールを取り

内の店に来て

くれてありが

とうございます

。と言った。

菜々子さんが

話し始めた。

私の姉は看護士

で中部の有名な

病院に勤めて

いました。

この姉が八年前

の夏、

何時ものように

病院の勤務 に

出かけたまま

いまだに戻って

いないのですと

言い遠い日を

思い出すように

少しずつ話して

いた。つづく


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あかね空に吹く風316
2013/04/20 10:29:00 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
翌日から私は

那覇市立病院に

叔母さんの

見舞いに行く

のが日課に

なった。

このことは職場

の垣間さんには

言っておいた。

私は病院からの

帰りに北田さん

のところに

寄ってみること

にしていた。

浅野は今

落ち込んでいる

。借りたという

五百万円を

建て替えて

返させた方が

いいか思案して

いた。

私は浅野が

カジノに行った

と云うのがまだ

信じられな

かった。しかし

助けるなら今だ

とも思っていた

。浅野内科医院

に電話をして

先生がお暇の時

お電話下さいと

伝言をたのんだ

。清流の

綾乃さんからも

電話があった。

お墓の件で依頼

している会社

から建造開始は

二月十日に

なったとの連絡

があった。

久しぶりに

岐阜の

館林取締役から

電話があり

元気ですか。

何も問題無く

過ごされていま

すかと言った。

私は何故か

ほっとした。

つづく


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