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あかね空に吹く風626
2013/08/31 13:47:50 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
師走に入って

街もだんだん

活気に満ちて

いたが私自身の

気持ちは大変

複雑だった。

柴田の叔母さん

が亡くなり気が

抜けたような

空虚な気持ちが

続いていた。

一方五万トンの

小麦を購入して

おり内心穏やか

ではなかった。

次第に寒く

なっていた。

若林さんからの

小麦の価格は

安くなる一方

だった。

一万九千円に

下落していた。

コーンも

一万八千円に

なっていた。

しかし私は

今が辛抱し

どころだと

思っていた。

柴田の叔母さん

の法要には

欠かさず行った

が紀子姉さん

とは余り話しは

しなかった。

北田さんや

竹田さんからも

何の連絡も

なかった。

職場では少し

ずつ人事異動の

話しが聞こえて

きた。また

ボーナスが

増えそうだと

どこからとも

なく聞こえて

きた。寒さが

増していた。
つづく


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夕焼けこやけ
2013/08/25 19:33:39 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般

夕焼けこやけで

日が暮れて

今日も暮れて

いきました。

今日は

一日いい日

でしたか。

明日もいい日で

有りますように。


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あかね空に吹く風625
2013/08/25 15:33:28 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
その年も師走を

迎えようとして

いた。

十一月も基本給

しか支給

しなかった。

風もだんだん

冷たくなって

いた。私達が

購入した小麦は

十二月になって

も価格は

どんどん安く

なり一万九千円

までになって

いた。

私は沢沼さんと

湯加原さんに

これから価格は

高くなるだろう

からしばらく

我慢しておいて

下さいと言った

。湯加原さんは

余裕があったが

沢沼さんは落胆

していた。
つづく


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あかね空に吹く風624
2013/08/18 20:49:20 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
柴田の叔母さん

の葬儀は

西原静香本願寺

で執り行われた

。親戚は少な

かったが友人

知人それに

亡くなった主人

の知り合いも

多数参列して

いた。

お墓は西原の

海の見える所に

建てられていた

。私は叔母さん

、いろいろ

ありがとう

ございました。

安らかに眠って

下さいと最後の

別れを告げた。

三日間休みを

取った。

寂しくてたまら

なかった。

若林さんも

休まずに

勤務していた。

その間、

小麦とコーンの

価格はあまり

変動はなかった

。一週間後

沢沼さんと

湯加原さんと

新都心の花時計

で会った。

さすがに

沢沼さんは小麦

の価格の下落で

落ち込んでいた

。私は小麦を

購入したいと

云い購入する

小麦を担保に

沢沼さんと

湯加原さんに

融資を申し

入れた。

沢沼さんから

一億円、

湯加原さんから

五億円の融資を

受けた。

また沢沼さん

から小麦を

一万トン、

湯加原さんから

小麦を二万トン

購入して貰い

たいとの依頼を

受けた。

浅野から電話が

あり洋介、

大変だった

なあー、

落ち着いたら

連絡してくれと

慰めていた。

こうして私は

いよいよ小麦を

五万トン購入

した。価格は

一万九千六百円

だった。

私は全力で小麦

に賭けたので

ある。

つづく


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あかね空に吹く風623
2013/08/18 18:56:15 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
その日は朝から

雨だった。

何時ものように

私は出勤して

いた。

昼休みに

若林さんから

小麦が

一万九千十円、

コーンが

一万八千六百円

だと言われた。

私は落ち着い

たら沢沼さんら

と会い融資を

受けようと

考えていた。

午後、

那覇赤十字病院

から電話があり

柴田さんの病状

が急変しており

至急病院に来る

ように伝え

られた。

垣間さんに事情

を説明し

赤十字病院に

駆けつけた。

病室に行くと

数名の医師が

人工呼吸を

施していたが

間もなく

柴田の叔母さん

は静かに亡く

なった。

紀子姉さんと

共に叔母さん

の手を強く握り

締めた。

まだ温かかった

。こんなに早く

亡くなるとはと

心底悔しかった

。叔母さんを

西原の家に

連れて帰った。

まだ八十代

だった。話しも

しっかり出来た

のにもう

叔母さんとも

会えないのかと

思い私は大声で

泣いた。

紀子姉さんが

可哀想だった。

久しぶりに

ハーバービュー

ホテルで会って

からわずか数年

しか経って

いなかった

。 つづく


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