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遥かなる海峡20
2013/12/31 15:06:26 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
菜々子と従兄の

田川吾一は

警察署の中を

うろうろして

いたところ

ようやく行方が

わからない人

などの相談窓口

を見つけた。

警察署の署員に

姉の田川奈穂子の

これまでの

経緯を従兄の

田川吾一が説明

した。

警察としては

一応捜索人届け

を出して貰い

たいと言った。

菜々子が捜索人

依頼者になり

捜索人届書を

正式に具志川東

警察署に出した

。菜々子に

よるとそれは

八年前の

平成十四年

九月十日過ぎ

の事だったと

言った

。具志川東

警察署の警察官

は明日にでも

参考となる

捜索人の

写真と衣類、

考えられる

立ち寄り先を

再度こちらに

知らせて欲しいと

言った。

連絡先は平安座

の実家と菜々子

の電話番号を

教えた。

吾一兄さんの

車で夕暮れ迫る

平安座の実家に

菜々子達は

押し黙ったまま

帰って行った

そうである。

つづく


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遥かなる海峡19
2013/12/31 14:58:34 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
菜々子の話しは

続いた。

それから一週間

近く経ってまた

聖南十字会総合

病院から奈穂子

の実家に連絡が

あった。

内科病棟の

看護婦長の

島仲さんからで

あった。

奈穂子さんから

その後も何の

連絡もなく

病院でも大変

心配している

ので家族の方が

病院に来て

頂きたい。と

言った。それで

私達家族も心配

になり菜々子と

従兄の田川吾一

がその日の

内に病院に

出向いた。

内科病棟の

島仲看護婦長に

別室に連れて

行かれた。

島仲婦長は

さすがに青ざめ

今までそういう

ことは一度も

なかっただけに

警察に届けて

下さいと云い

あわせて消防署

にも届けて

平安座島周辺の

海岸沿いの捜索

もお願いして

下さいと

言われた。

私達も次第に

冷静さを失い

つつあった。

私達は

具志川東警察署

に行った。

私も従兄の吾一

兄さんも

こういう事は

初めてとあって

どう対応すれば

よいか

全くわからな

かった。

つづく


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遥かなる海峡18
2013/12/31 14:55:10 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
菜々子の話しに

よるとその年の

九月になって

まもなく

姉の奈穂子

の勤務先の

沖縄中部南十字

会総合病院から

奈穂子の実家に

連絡があった。

姉の奈穂子は

八月の中頃から

夏期休暇を取り

平安座島に

帰った。

平安座島からは

戻り一週間は

通常通りの勤務

をこなした。

しかしその後、

急に三日程の

有給休暇を

内科病棟の

看護婦長に申し

出たそうである

。婦長は

三日ならいい

だろうと休暇を

許可した。が

三日しても出勤

しなかった。

病院では

それから一週間

経っても奈穂子

から何の連絡も

ない為にもしや

と思い奈穂子の

実家に連絡した

と言った。

連絡したのは

内科病棟看護

婦長の島仲さん

であった。

連絡を受けた

のは奈穂子の

母親の田川千代

であった。

母親の千代は

直ぐにその旨を

奈穂子の妹の

菜々子に伝えた

。菜々子は母親

に何らかの事情

で病院に勤務

するのが遅れて

いるだけで今日

にも帰りました

と連絡があり

そう心配はしな

かったと言った

。つづく


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遥かなる海峡17
2013/12/31 14:47:34 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
菜々子の話し

には前回から

余り新味はな

かった。私は

姉の奈穂子さんの

失踪前後の話し

を聞く時期かと

思ってはいたが

菜々子さんの

気持ちを考える

と苦しかった。

菜々子さんも

そのあたりの

ことは良く

わかっていた。

今から八年前の

夏でしたと話し

始めた。

平成十四年の

夏になる。

姉の奈穂子は夏の

休暇が取れたと

云い平安座島に

帰って来た。

毎日海岸沿いを

歩いては平安座

の青い海と

白い浜辺そして

青い空はいいと

嬉しそうにして

いた

。菜々子と

平安座から

宮城島そして

伊計島までの

島づたいを

見ながら夏休み

を楽しんでいた

と云う。

夜はマグロや

ウニを良く食べ

やっぱり平安座

の海の幸は

いいと言って

いたそうである

。父親も

夏の遠洋マグロ

漁船から降り

平安座

に帰っていた。

父親は美人で

ある姉の奈穂子を

特に可愛がって

いたようである

。姉の奈穂子が

休みを終え

平安座を

離れる時、

お父さん

暮れ暮れも海は

気をつけてねと

言ったと云う。

父も奈穂子

身体に気を

つけて頑張って

な。と

見送った。

姉の奈穂子は

その時何故か

家族のみんなに

見送られて

帰って行った

ようだ。

しかし父も母も

妹の菜々子も

姉の奈穂子

の姿をそれ以来

見ていないと

云う。あの年の夏

から八年も経って

しまったと話した。
菜々子は

ハンカチを目に

当てた。私は

側で菜々子を

見るにつれ

可哀想で

たまらなかった

。つづく


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遥かなる海峡16
2013/12/30 18:54:24 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
田川菜々子

から電話が

あった。明日の

土曜日に姉の

ことをもっと

話したい

。店ではなか

なか話しずらい

ものです

からと云い

那覇大橋の近く

の能登の海まで

来て欲しいと

言った。

能登の海の刺身

はさすがに新鮮

でうまかった。

田川菜々子は

すでに来て

ビールを

飲んでいた。

いつも店に来て

頂きありがとう

ございますと

言った。今日は

いつもより濃い

目の化粧をして

いた。髪も

肩まで伸ばして

いた。ビールを

飲んだ。

菜々子が話し

始めた。姉は

看護師一途

だったのか周囲

に医師などの

男性の影がなく

今でも疑問だと

言った。二つの

病院に行きき

している間には

何らかの男の人

が浮かび上がっ

てきそうだが

それがないと

言った。姉の

奈穂子は

聖南十字会

総合病院に

勤務してからは

一度だけ東京と

京都に旅行して

おり土産を

貰った記憶は

あると言った。

菜々子は姉が

中部青風会総合

病院に移らな

かったのも何か

理由が

ありそうだが

それもわから

ないと

言った。

内科病棟から

外科病棟まで

幅広く病棟を

見ていたようで

かなり看護師と

しては高度な

技術力があった

と思われた。

スポーツで

鍛えた身体と

美貌の女性で

ある奈穂子に

好意を持った

男性は必ずいた

はずですと

菜々子は強調

したのであるが

聞く側の私には

てんで

わからなかった

。つづく


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