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霧の月407
2016/07/31 13:52:22 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
その翌日から嘔吐が激しくなっていた。主治医がどうもおかしいですね、薬を変えてみましょうと言った。矢沢寛子は勤めている病院だけに毎日見舞いに来てくれた。私から浅田聡子さんにも知らせて有ります。お大事にとのことですと言った。浅田さんも瀬川さんの留守の間、娘達と同居してあげてはと言われました。その日の夕方、澄田川さんから聞きましたと言って、高梨理恵子と丸井幸子達が見舞いに来た。お花を持って来てくれた。私が娘達があの花を持って来てくれましてねと言った。高梨理恵子が私、瀬川さんのお役に立つのならこの際娘さん達の世話をさせて下さい。契約金はいりません。家賃や電気水道ガスなどを出して頂ければそれでいいと思っていますと言った。まだ決まった訳でもありませんからと言っておいた。丸井幸子は黙っていた。私が高梨さん、三月に次女の小学校の卒業式が有ります。是非参列して頂けませんか?お願いしますと言った。それには返事はしなかったが代わりに丸井幸子が私が参列いたします。久しぶりに仰げば尊しを聞いてみたくなりましたと
言った。意外な返事だった。 つづく


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霧の月406
2016/07/30 16:18:28 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
入院しても腹痛は続いていた。食欲もなくリンゲルがよく取り替えられたりした。この体力で沖縄を離れられるのか不安になっていた。カサブランカのいい匂いと共にあの二人の娘達の顔が浮かんだ。人間とは不思議なものである。僅かな間でも同居して可愛いがると他人でも親子のようになっていくのである。母親と別れ、父親がなくなっても今ではもう泣かなくなった。そして私を瀬川のおじさんと父親のように慕ってくれる。見る目が以前より優しくなっていた。カサブランカの花に娘達二人の気持ちが包まれていた。私は来月の次女の卒業式には泣くまいと思っていた。娘達には一年位で帰れるかも知れないと言っておこうか。何とか寂しい思いだけはさせたくない。四月の始め頃からは母親の節子か寿子をどうしても沖縄に来て貰い、私は笑って娘達と別れたいと思っていた。またカサブランカの匂いがした。個室ではないから部屋中に花の匂いは届いているだろう。窓から見る外は寒そうだった。夕方矢沢寛子が見舞いに来た。瀬川さんが入院したの、娘達でなくてと本当にびっくりし
ていた。瀬川さんお大事にね。私、娘達との同居の件、本当にお引き受けしますからねと言って帰って行った。そうか、私は病気をしている暇など本当に無いのにと思っていた。次第に腹痛も和らいでいた。
つづく


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霧の月405
2016/07/30 13:10:46 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
検査の結果は大腸にポリープが三つあり切除したと消化器の主治医が言った。また胃カメラで慢性胃炎だと診断され一週間ばかり入院するように言われた。その間、長女と次女が大きな白い花を持って見舞いに来た。瀬川のおじさんも病気になるの?と言った。この花はカサブランカ
だよ、おじさんと言った。私はベッドに起き上がって心配かけてごめんねと言った。おじさん、早く良くなってねと云い、二人は帰って行った。誰が見ても親子の風景に見えたことだろう。
つづく


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霧の月404
2016/07/30 11:08:16 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
私は増岡さんに色々お気使い頂きありがとうございますと云い、この件は私自身しっかり考えてみますと言った。外は寒く二月も近くなっていた。暫くして増岡さんから連絡が有り一度店に来て下さいと言った。また矢沢寛子からも連絡が有りホテルで会いましょうと言った。また澄田川律子からも連絡が有り、矢沢さんから色々聞いていますと言った。皆、何故、私の事に関心が有るのだろうかと思っていた。私は年明けから体調が今一つすぐれなかった。暮れから下痢と嘔吐が断続的に続いていた。暫く様子を見ていたが二月になって直ぐに青海総合病院で受診した。腸の精密検査と胃カメラの検査を受けた。暫く入院する事になった。
つづく


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霧の月403
2016/07/27 20:00:31 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
また増岡さんは何故か私が浅田聡子と知り合った経緯について聞いていた。私は数年前酷い腹痛に見舞われ、青海総合病院で診察を受けた。胆石だと言われ直ぐに入院した。その時初めて病院の看護師と患者と云うことで浅田聡子さんから献身的な看護を受けた。退院して後、ある居酒屋で浅田さんや矢沢さんに澄田川さんらと偶然に会い、その後から時々私に連絡があった。私も離婚の身で今更再婚など少しも考えていないこともあり気軽に浅田聡子さん達と会っていました。その辺の事情は矢沢さんもご存知ですと言った。増岡さんは私に同居している娘達の養育費はどうしているのですか?と聞いた。私は昨年末まで一地方公務員でした。ですから生活費は何ら困りませんでしたと言った。増岡さんはまたどうしてこの四月に娘達を預けてまで沖縄を離れるのですか?と聞いた。私は暫く考え、有ることの為です。私自身がした有ることの為ですとだけ言った。増岡さんは、瀬川さんに色々聞きましてすみませんでした。これから出来るだけの協力をさせて頂きます。そこでと窓の方を向き、
私に強い口調で言った。私が聞いているところで、丸井幸子さんと云う方を娘達との同居のことで紹介されたようですがと言った。高梨理恵子さんと云う看護師さんの紹介でした。間違い有りませんと云うと、増岡さんはその丸井幸子さんは断って下さい。色々有りましてねと言った。そして、この矢沢さん、私が責任を持ちますのでその件でお願い出来ませんか?御礼金なるものも一切私が引き受けさせて頂きますからと言った。
つづく


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