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都の日暮れ575
2017/11/25 13:38:42 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
都の日暮れ 575

野中が話すには、その日、兄の洋八は那覇市内の取り引き会社を一人で廻っていたが小倉川商会で商談中、急に気分が悪いと言い倒れ、かなり戻したあと意識が朦朧になったようで小倉川商会の社員が救急車を呼びこの病院に運ばれたようだ。洋八はかなり重体でMRIなどかなりの検査をするということでどういう病気かは今のところまだ分かっていない。洋平には悪いが、滋賀の大津行きはすぐにでも取り止めてもらいたい。洋平、たった一人の肉親だ。頼むと野中は洋平に必死に頼んでいた。野中、色々ありがとう。兄の病状の推移を見守っていよう。私が付き添うので皆は帰って貰ってくれと言った。洋平は頼み易いのは沼田安子だと思って連絡した。沼田安子が明日から出来るだけ病院にいてくれる事になった。野中が、脳腫瘍でなければいいがと言っていた。
つづく


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都の日暮れ574
2017/11/25 13:15:55 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
都の日暮れ 574
その時、倉田洋平にとっては大津への出発を後一週間に控えていた。その日は何時ものように荷物の整理とマンション管理者への諸費用の支払いを済ましていた。夕方、洋平の携帯電話が鳴った。野中からだった。洋平、大変だ。洋八さんが取り引き先の会社で急に倒れ、救急車で那覇東聖マリア病院に運ばれた。すぐに病院に行ってくれと言われた。洋平はすぐに病院に向かった。総合受付で聞くと、倉田洋八さんは今はICUにおり面会は出来ないので三階の家族待ち合い室で待っていて下さいと言われた。洋平が待ち合い室に行くと社長の倉田英二と野中と二人の事業部長がいた。暫くして、花林育子もやって来た。野中が洋平を別室に連れ出し事の次第を話し始めた。
つづく


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都の日暮れ573
2017/11/25 11:00:47 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
都の日暮れ 573
倉田洋平は赤木佳子の云う釧路行きには幾分疑問を抱いていた。それから暫くして友坂理恵から誘いがあった。洋平は友坂理恵と那覇の新都心の中華楼で会った。友坂理恵は中華料理を食べ終えてから、洋平さん、遺産相続は大変だったでしょう。洋平さんは一体幾ら相続したのですか?と聞いた。洋平は大体十億円ぐらいですかなと言った。友坂理恵は、思っていたより少ないですねと言った。兄の洋八に不動産は相続させました。もうすぐ滋賀の大津に移り住むためいろいろ忙しいと言った。友坂さんにも色々お世話になりました。ありがとうと言った。滋賀に行かれる時は見送りに必ず行きますから知らせてと友坂理恵は言った。それから、倉田洋平さんが私とどこかに行きたい所があったら何時でも誘ってねと言った。その日はまだ遅くはなく二人で新都心を歩いていた。何気なく反対側の歩道を見た。友坂理恵もおやと思っていたらしく同時に宮沢奈津子さんじゃないと言った。間違いなく奈津子だった。背の高い男性と腕を組んで歩いていた。おや、札幌に行ったのではなかったのかと
思っていた。洋平はそこで、何故か複雑な気持ちになり、タクシーを拾い、その夜を友坂理恵と読谷村にある残波フローレンスホテルで熱い一晩を過ごした。つづく


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都の日暮れ572
2017/11/19 17:59:11 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
都の日暮れ 572
倉田洋平は目の前で揺れる大きな胸の白い膨らみを時々見ながら言った。宮沢奈津子さんは姉の智恵子さんと一緒に住む為に札幌に行きました。そこで聞いておきたいのですが赤木さん達は奈津子さんからどういう頼みであの釧路の尻羽岬に行かれたのですか?もう警察の捜査も終了しましたことですのでと言った。赤木佳子は暫く考えていたが奈津子さんから、姉の智恵子が自殺を仄めかし、釧路の尻羽岬から飛び降りたいと言っているので皆で、自殺を何とか思い止めて貰いたいと何度も頼まれました。奈津子はその御礼は必ずするから急ぎ釧路まで来て、姉の智恵子を説得して欲しいといわれて私達は釧路に行ったのですが結局はああいう結果になってしまったの倉田洋平さんと言った。洋平はこれ以上は聞かなかった。赤木さん、兄の洋八が社用で店を使うと思いますからよろしく。と言った。赤木佳子は大津に行かれる前に私とホテルで一晩過ごして下さいねと洋平さんと約束させられていた。
つづく


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都の日暮れ571
2017/11/19 16:54:34 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
倉田洋平は母親が亡くなりその遺産を相続する中でも兄の洋八の落胆ぶりを見て、自分が敢えて大津に移り住むことに意義があるかとかなり考えていたが、新しい人生設計もするべきだとも思ってもいた。倉田洋平が相続した遺産の中には現金の他に会社の株式がかなりあった。かなりの額になっていた。母親はどういう目的でこんなにまで株式を購入したのだろうかとふと思ったりもしていた。暫くして倉田洋平は小料理店のママの赤木佳子と那覇の新都心のダイヤモンドホテルで会った。静かないいロビーであった。洋平は赤木佳子に沼田安子を快く釧路や札幌に行かせて貰いありがたかったと言い、御礼に百万円を渡した。香しいモカのコーヒーをのみながら、近く大津に移り住むこと、倉田総合産業の常務を辞めたことを話した。赤木佳子は初めは驚いていたがそうですかと静かに聞いていた。
つづく


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