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夢の彼方に 98
2019/11/29 12:38:10 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
救急車で病院に運ばれた後、私達はタクシーで後を追った。夜の那覇市内はまだ街灯の灯りで何時もと変わらなかった。那覇港に近いせいか船が何隻も黒々と係留されていた。病院に駆け込んだ。救急医療の家族控え室で待つように言われた。娘達はさすがに一言も話さなかった。暫くして看護師が出てきて、本人は微かに意識はあるが今MRIとエコーの検査をしていると言った。それから、結果がわかり次第主治医から説明があるだろう。恐らく、入院が必要でしょうと言った。妹が泣き出した。大丈夫、大丈夫の慰めた。何時間たっただろう。母親が親戚の車で病院についた。湯沢陽一は母親にこれ迄の経緯を話した。母親は本当にありがとうございましたと言った。湯沢はそれでは帰りますと言うと長女が不安そうに見ていた。
つづく


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夢の彼方に 97
2019/11/18 14:34:05 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
湯沢陽一は直ぐに救急車を呼んだ。娘の父親とは親しくはなかったが今はそれどころではなかった。救急車が来た。父親の状態はまだ意識があったが、県立那覇國際医療センターに行くと言った。私達は長女と妹とも一緒にタクシーで後を追った。タクシーから宜野座村に行っている母親の親戚の家に連絡を入れさせた。長女は父親の状態と今救急車で運ばれていることや病院名もきちんと伝えていた。最後に今、湯沢のおじさんも一緒だと言い、ICUに来てと言った。県立那覇國際医療センターは那覇市の西側の那覇港の近くの広大な敷地に十二建ての病院であった。湯沢陽一はかって赤川一子が勤めていた病院であったので直ぐに分かった。長女の父親とは一度下宿先の敷地で会ったことがある。父親は背が高くいい顔をしていた。父親が、湯沢さんだったね、若い時は何のスポーツをしていたかを聞いていた。空手を少々と言うと流派はと聞いた。首里飛天流ですと答えた。それから父親は、私は剣道を長いことやっていて八段だと言いながら、小手が得意でね、三分以内には決まったね。
国体にも団体戦では大将ででたよと笑って言った。それからは会ってはいなかった。
つづく


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夢の彼方に 98
2019/11/12 15:35:03 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
湯沢陽一はこの八重桜の里の葉子がなぜ小川伸介と相川桃子が滋賀県に住んでいるらしいと連絡してきたことがよく分からなかった。湯沢陽一はこれはママさんの指示ででたらめだろうと思っていた。ただ小川伸介はなぜ自分にだけは本当の経緯を知らせないのか何度考えても分からなかった。暫くして赤川一子から電話があり陽一の母親の見舞いに行ったさいにも、陽一さんをなんとか医者にしてやりたいと話したと言った。そして、今年中で今の職場を退職して必死に医学部目指して頑張って欲しいと言った。時々、下宿先の長女が数学を習いに来た。三角比の問題が全く解けなかった。湯沢のおじさんはイケメンではないがとても優しいと言いながら笑っていた。また時には古文の枕草子のー文を得意げに訳してくれていた。そして平安時代についてもよく説明してくれた。そういう時は何時も娘の家の縁側で二人、足をぶらぶらさせていた。そんな些細な時が陽一にとっては何故かとても幸せだった。ある日の夜遅く長女が慌てて陽一を呼びに来た。父親が倒れたと言った。直ぐに救急車を
よんだ。あいにくその日は母親は宜野座村に出かけて留守だった。
つづく


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