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舘長のつぶやき
2012/12/25 21:22:35 ブログカテゴリ 格闘技・空手 | 書庫 全般

 忙しさにかまけて、ブログ投稿がつい疎かになっている、

今日この頃です。とうとう年末となり、念願の新道場立ち上げ

まで、後1ヶ月と成りました。準備のほうは着々と進み、どうにか

予定通り平成25年2月1日の開講が間に合います。

 

 ところで今回は、私がこの新しい道場を立ち上げるに至った経緯と、

これから「沖縄一心舘道場」をどう展開して行くのかについて、語らせて

下さい。まづ、道場のネーミングですが、実はさいたま市に(与野フードスポーツ

センター)一心館道場が有ります。この道場は、謂わば地元の公共施設的な

道場で、オーナーは与野フードセンターの社長さんでは有りますが、広く地域住民に

開放している道場です。当初は、剣道に思い入れの有るオーナーが剣道をメインに

考えて作った格技場ですが、社員の福利厚生でも利用のできる2階建て鉄筋コンクリート

作りの立派な建物で有ります。オープンしたのは昭和56年の秋なので今から31年前

と成ります。私は、オープンの時からのメンバーで、すぐ近所に実家がある為、高校

2年生から通う事が出来ました。道場では、空手道(全空連・全日本剛柔会)と剣道

(全剣連)及び居合道(全剣連居合・英信流)を1階の道場にて習う事が出来ました。



空手の講師の先生は、中川先生と言う方で中学の後半より他道場にて私が

剛柔流の手ほどきを受けた先生でした、剣道・居合道の先生である堀米先生は

私の高校の剣道部の後輩のお父さんでした。とても縁あってこの道場に通い、

長年武道を続けるうちに指導員となり、道場の歴史と共に31年が過ぎ私はOBと

成りました。今では私の空手の後輩である、長崎くん(全日本剛柔会)が、空手部門

の道場長を継いでいます。この道場は、剣道に於いても空手に於いても昔から名門で、

県大会や全国大会で活躍した数多くの後輩たちを排出しています。



私が武道を志したのは、この道場に行き着く10年以上前ですが、自分の中で

一心館道場は、とても大きな存在でした。また、道場開講当初の志に感銘したのも

覚えています。未だに、後輩の長崎君やその他OBの人たちとも交友が有り、私の武道

人生の原点の一つでも有るので、この名を頂きました。もちろん、さいたま一心館道場

「空手部門」と”沖縄一心舘道場”は提携し姉妹道場で有ります。



私が武道を始めた幼少期、手ほどきを受けたのは、父であり、叔父であり、祖父で有り

また、近所の大学空手部のお兄さん方で有りました。どうして、こうも武道に執着を

持って長年辞めずに続けていたのか、成人をすぎるまで気付か無かったのですが、

十代後半に大病を患い、医者から今の医学では直せない難病と告げられた折に、

生きることに絶望し、自殺まで考える様になった時、自分なりに悩み、これからの人生の

生きがいとして、武道を志して行こうと決心が着いたのでした。武道に打ち込むうちに、

病気は回復し、健康を取り戻しました。そんな折、祖父は亡くなり、その志を継いだ

叔父は、剣道・居合道に打ち込み、剣友会を立ち上げ後進のい指導に頑張りました。



叔父はその頃私に、「武の道には入門は有るが、退門と言う言葉は無い」身体の

動く限り続けるものだと言っていました。そんな叔父は、亡くなる1ヶ月前まで道場で

弟子たちの指導に励んでいました。(今から、約7年前享年76歳でした。)

生前私は叔父から、「体が動かなくなるまで好きな武道をやったらいいよ。」

と言われ、両親のルーツで有る”武家”侍の血が流れていることを、つくづく

感じる様に成りました。叔父は亡くなったすぐ後に、夢枕に現れて私に、「家伝を

継いでくれと言い残しました。」そしてこの後に、私は沖縄に行こうと決心したのでした。



ブログは次回に続く。

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BY・成龍



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