ごーやーどっとネット沖縄  [PR]世界中の美女たちが沖縄に集結! こんにちは ゲスト さん。 ログイン・ブログをはじめる  
異文化に飛び込んで別の言語を学ぶ
2016/08/30 14:07:54 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 美容と健康

「中国人はなぜ痩せているのか」という中国人の林彩美さんが書かれた本をチェンマイのグリーンカフェで読みふけっていたとき、

”新陳代謝の滞り”による肥大した(エゴ)ではなく、メタボリック・シンドロームについてどう向き合っていこうと思いました。

古くから中国の長い歴史や文化を吸収してきた日本人として・・・
中国人の家庭料理研究家の女性の本から抜粋いたします。


1.ひじょうによく野菜を使う

2.植物油(落花精油、胡麻油、大豆油を使い、高温で一気に炒め上げる料理をとっている)

3.香辛料を盛んに使う

4.豆類、豆腐を食する

5.米のほか雑穀、芋類を食する

6.肉のほか野菜をバランスよく食す

7.塩分控えめ

8.料理に砂糖はあまり使わない

9.カルシウムの摂取(小松菜、小魚、動物の軟骨、カキの殻、鮑の殻の粉末、フカひれなど)

10.酒は控えめ

11.茶を多く飲む

12.粥をよく食べる

13.ゆっくり時間をかけて、楽しみながら食べる

14.料理は、大皿や小皿に数種類に分けて準備し、老若必要に応じて取り分けて食べる

そして、お年寄りには、猪脚麺線(豚足と素麺)をお誕生日に作ってあげるのだそうです。

年齢を上手に重ねていけるようコラーゲンやコンドロイチンがたっぷりのフカひれ、ナマコ、白きくらげや加熱した鶏や鶏がらスープなにして摂るようにしているそうです。


『素問』春秋戦国時代に完成されたふるい中国の医学書では、

1.塩の摂り過ぎは血管を硬くする。血液の流れが滞ると体の色が変わる。

2.血液の病気(循環器系)の者は、塩を多くとってはならない。

3.心臓病には塩を禁止する。

とあります。



ふと、初めて欧州のマルタ共和国で長期滞在を体験しているときのことを思い出して・・、

地元の若い西洋人に「や〜い、中国人!」とよくからかわれていました。(笑い)


語学習得のせっかくの機会、一時的に母国語を封印すべく、日本人の少ない土地、欧州を選んだのですが、

その選択が思いもよらず、極東亜細亜人の新参者として西洋人には、中国人も台湾人も韓国人も日本人も皆

ざっくばらんにアジア人としてまとめられているのです。


語学留学の先生も

「日本とは、一体どこの国なんだ。わたしは、アジアには興味がない。」とあっさり。 (^^;おいおい

そういうアジア人のマネーが欧州の危機を救うという発想は、文化も経済も教育も飽和した欧州には、関係ないのでしょうか・・


<スイスの公園ユニークな噴水>       <バチカン>





<バリの橋>                   <バリのココナッツのお店>


<京都の街のお店>               <石垣島の新栄公園>

とはいえ、新参者の日本人のラクシミーとしても、残念ながら欧州人として、ドイツ人もフランス人もイタリア人もロシア人もトルコ人もスイス人もざっくばらんにまとめて目鼻立ちのはっきりした人とくくっておりました。 (失礼・・ごめん

それが、三週間、二ヶ月、半年と時が進む後とに、徐々に国籍や人種がなんとなく識別できてくるから面白い。

学友として一緒に語学の勉強をして、日々の雑多な何気ないことを下手な外国語で話あっていると、

生身の人間の発する感情や思考を伴った道具として変化していきました。

受験勉強で叩き込んだ多くの英単語たち。

使うことを意識されずただ、刺身のように切り分けていくつもの品詞に分解してだらだら読むことがいいと思っていた長文読解。

それも大意を汲み取ることを重要視してスピードを意識した速読がとても重要であると、気づけたのでした。


一文一文を品詞ごとに分断して、骨董品のように自分の世界だけで言語の法則を丸暗記しなければ許されなかった地獄のような科目だったものが、一遍します。


アナウンサーのような明白な語り口の英語しか知らなかったのに、ウェブで氾濫する多種多様な音の幅のある言語を受け止められるようになっていく時代になってきました。

しかしながら、言語という道具を学ぶ過程は、赤ちゃんが親や近しい人との安定した愛情のある関係の中で少しずつ世界を形どっていくために、たくさんの情報が凝縮されたものとして学んでいくはず。

できれば、オンライン英会話などの非現実的な学び方ではないほうがいいのは、言うまでもありません。

マルタ共和国は、わずか淡路島の半分しかない国土の狭い世間にも関わらず、他民族社会でした。


巻き舌のRが印象的なラテン系の人の英語は、母音がはっきりしていて、受け入れやすいけれど、

彼らは、ラクシミーの英語をアクセントが強すぎると非難する。

それは、フランスやスイスなどくぐもった音でやさしく話す民族の人も感じるようで、

自分のスタッカートのついた話し方について思い悩んだことがありました。


ものはいいようで、下手だろうが何だろうが、続けるということが何より大切なんですね・・

ちょっと文章を話せると大褒めしてくれるような先生に助けてもらい、

恥ずかしがらず堂々と間違いながら、

音声学習を継続していくことが、上達の近道のようです。

幸い、マンツーマン でイタリア人の女性に教えてもらって、彼女のユーモアのある優しい音にとても影響を受けました。

「誰に学ぶか」というのは、「どう学ぶか」と同じくらい本当に大切です。

色々な音の世界を知ることも大事ですし、自分の好きな話すスピード、音、好きなフレーズなどを

宝箱にそっと入れていくような勉強がでくると幸せだなと思います。



コメント(0)
トラックバック(0)