八重山島風ブログ  [PR]世界中の美女たちが沖縄に集結! こんにちは ゲスト さん。 ログイン・ブログをはじめる  
 
石垣島の美しい自然 エメラルドグリーンの海 緑なす大地に風が優しくささやく 石垣島に住み、自然に接するだけで心安らぐ。  そんな思いなどを投稿しています。
竹富島 仲筋ぬヌベマーの壺
2012/09/30 01:15:20 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般



先日の竹富島ショートトラベル 仲筋ぬヌベーマの壺は、八重山民謡の格調ある〔仲筋ぬヌベーマ節〕を
 生んだ伝説の器てもあります。壺が、持ち主である幸本家に来たのが、およそ300年以前。
 
 長い歳月を当家の庭先で、豪雨や台風などの強風などに耐え、壺としての原型を留めているのは
 仲筋ぬヌベーマが、やむなく島を離れて望郷の念を持ち続けていた想いを壺が、後世に伝えたい
 のでしょうか。 

 

 壺の周りを指でなぞって作った縁取りに名工のダイナミックかつ丁寧な仕事を示しています。
 

 縁取りを作った指の跡に名工の指紋が、かすかでもいい残っていないか と探してみた
 りした。


 
 
 名工の壺を作りながら、 仲筋ぬヌベマへの想い、遠き南の島 竹富島へと旅たつ壺への想いが
 壺の中に凝縮されて、閉じ込められているように思えた。
 
 時の空間が止まったような、名工の息づかいが伝わってくるようです。


下記は、上勢頭亨『竹富島誌(民話・民俗編)』101頁から

− 民謡「仲筋のヌベマ」の由来 −

竹富人の与人(村長)に、玉得という役人が任命されてきた。
村番所には水甕も少なく、
また、人頭税時代である当時の御用布の原料にも良い品種がなかった。

そこで玉得は、各戸に良種の苧麻を植えさせて、
色艶の良い上品な御用布を国王へ献上したいと考えた。
良い苧麻の種子は新城島にあるとのことを聞き、
また、同島特産の新城焼もこの島にしかないので、
早速玉得与人はその交渉のため、新城島に出張し、
新城島の新垣与人に面会して、来島の目的を説明し、
「貴島の良い苧麻の苗の分譲と、特産の新城焼の赤甕類とを譲ってほしい」
と懇請したところ、新垣与人は玉得与人に、
「私もひとつ希望があるが、かなえてほしい。この新城島では美しい賄女が
得られない。竹富島には器量のすぐれた美人が多いと聞いている。
是非とも一人世話して下さい」と嘆願したのである。
玉得与人はその条件のもとに、
喜んで焼物と苧麻の種を竹富島に持ち帰り、
村の責任者たちに、難問題の賄女のことを強く命じたのである。

ところが、女性の方では、同じ竹富島の役人なら希望する
女性も多いが、親兄弟と別れ、海を隔て、
しかも飲み水も塩水という新城島へ行くことはできないと断る者が多かった。
新城島の新垣与人は矢のような督促状が届いた。

当時、幸本山戸は、村の筑役であったので、
玉得与人から山戸の一人娘のヌベマ美人に白羽の矢が立てられ、
役人の絶対的な命令を受けてしまった。
父の山戸、母のヌシヨマは、掌中の玉にも等しい娘のヌベマを、
新城島の与人の賄女としなければならなくなり、
親子抱きあって泣き崩れた。
父の山戸は、「許してくれヌベマよ。私がお前を新城島へやることにしたのだ。
お前は竹富島の犠牲になるのだ。御用布のための人柱になったのだ」
と言って、泣きながら別れた。

そのときに玉得与人が、万感こもごも胸中を、
涙とともに謡い出した哀愁をおびた歌が
「仲筋ぬヌベマ」だと言い伝えられている。

玉得与人の次に拝命を受けて赴任した与人役が、
このヌベマ女の悲しい話を聞いて、たいそう同情し、
その犠牲的精神に感激して、銘入りの琉球焼水甕を注文し、
それをヌベマの生家である幸本家に贈った。
その後この水甕は、幸本家の家宝として保存され、
神行事に限って、その甕の水を使用するのである。

(註)水甕には、
「越本之内雍正十二年甲寅四月朔日 平良作年新城仁也喜物」
と、銘記されている。

〜特 記〜

※ 雍正十二年は西暦1735年である。
※ ちなみに、ヌベマと共に竹富島の美女の双璧であった
   安里屋クヤマは、西暦1722年生まれ。
水甕が幸本屋に寄贈された際は13歳であった。


 


 
 
 



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竹富島 百花繚乱 クィーン・ネックレス
2012/09/27 23:54:30 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般



 竹富島の白砂を敷き詰めた古道を歩くと、色鮮やかな亜熱帯植物の花々が
 道行く人々の心を和ませてくれます。 〔ようこそ、竹富島へ…〕と お花達が
 ささやいているようです。

 

 琉球石灰岩を積み上げた石塀の先に見える 霞がかったピンクのベール。

 

゛ 近ずいてみると、キュートなピンク色のニトベカズラの花が、石塀を覆い尽くしている。
  可憐な花の形を留めて、カンザシにしたら素敵だろうな…としばらく見つめていた。
  クィーン・ネックレスは、別名 ニトベカズラまたは、愛の鎖 
 



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竹富島 やらぼ食堂でソーキそば♪
2012/09/26 22:37:36 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般



八重山そば大好きで少し遠くに行くと、その地域の食堂の八重山そばを食べたくなります。

 日本最南端のお寺 喜宝院に隣接する やらぼ食堂も島を訪れると行きつけのお店です。

 相変わらず、満席で活気のいいお店…前回は八重山そばだったので、ソーキそばを注文。

 やらぼ食堂のソーキそば どんぶりを埋め尽くす程のデカサイズのソーキにビックリ!

 八重山そばは、島ねぎを薬味にしますが、やらぼ食堂のそばは、沖縄そばのように紅ショウガ

 で薬味。不思議だったけど、おそばを食べている内にその訳が判りました。

  ソーキそばは、麺つゆが油っこく、トロトロしますが、紅シヨウガを付け加える事により、さっぱり風味

 となるようです。 組み合わせのいい、食材のようです。ヤラボ食堂の八重山そばもそうだったけれど

 ソーキそばも大盛りのボリュームです。キンキンに冷えたさんぴん茶は、セルフサービスのお代わり自由でした。


 

 
 



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ローカル色豊かな八重山のマンホール編-2
2012/09/26 22:12:46 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般



本日は、竹富島 新田観光あかばなさんへ、納品のお仕事に行きました。
 何度、訪れても新鮮な発見がある竹富島。

 

 

  いつもなら白砂を敷き詰めた古道を散策する時、道路沿いの色鮮やかな
 南国の花々や赤瓦の古民家へ目線が行きますが、今回は足元のマンホール
 も目で追ってみました。
 竹富島のマンホール さすが竹富島です。白砂の古道に違和感のないような
 真っ白なマンホール。 島をこよなく愛する人達の粋なはからいと努力の賜物
 で島の美景を保っているように思え、感激しました。
  ローカル色 かなり濃いマンホール 竹富島編です。
 



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ローカル色豊かな八重山のマンホール編-1
2012/09/25 23:01:56 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般




 最近、よくブログで話題になる 波照間島の〔星空観測タワー〕のマンホール。
 先日の波照間島ショートトラベルの時に、ふと目に止まりました。
 その事をきっかけに、石垣島でもマンホールのデザインを意識するようになった。

 大浜では、アカショウビンという鳥のデザインのマンホール。島の郊外で、よく見かけるタイプです。

 宮良集落 ヤラボ並木通り辺りから、当地のローカル色濃厚な〔赤馬の碑〕のデザイン。

 

 宮良集落を抜けて、白保に近くなると、マンタや魚のデザインのマンホール。
 美しい珊瑚礁の海の近くにある白保集落である事ををマンホールが、教えてくれます。

 おっと、島の中心地、市内のマンホールの写真を撮り忘れしちゃった。次回へ…

 

 



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