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明和の大津波の碑にて
2011/03/26 14:29:13 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般

東北地方太平洋沖地震による大津波から引きずって福島原子力発電所の甚大な被害 二週間経過

 致しました。一日も早く復興されて被災地の人々の明るい笑顔を取り戻す日を願っています。

 先日お友達と 明和の大津波の碑に行き、お祈りをしてきました。明和の大津波で亡くなった方への供養

 そして今後 日本や世界各地にて自然災害の起こらないように と祈りを捧げる。

 

 しばらくして、他にも祈りをする方達がやって来ました。 島でも自然災害へ人々の意識が向けられて

 島の神々へ祈る人々が活動を起こしている…と聞く。一人が万人の幸せの為に祈り、万人が一人の

 幸せの為に祈る。 どうかその祈りが天に届きますように

 

 明和の大津波の入り口に大きな岩山があり、そこの主のような崇高な面立ちをした仙人山羊がいて

 ジッとこちらを見つめる。 人気のない場所だったけど最近人の往来が激しい と思っているでしょうね。

 明和の大津波 1771年4月24日に発生した大地震は およそマグネチュード7,4。地震による大津波

 は八重山地方に多大な被害をもたらしたという。

 下記はウィキぺディアより抜粋

 地震動による被害はなかったとされている。しかし、地震により大津波が発生し、宮古・八重山両列島で死者・行方不明者約12,000人・家屋流失2,000戸以上という惨事になった。耕作可能地の多くが塩害の影響を受け、農作物の生産が低迷。明治時代初頭の人口は地震前の1/3程度にまで減少した。

石垣島での津波の最大波高は40メートル、最大遡上高は80メートルとも言われている。多良間島の津波の遡上高は18メートル程度と推定されている[3]。宮古島北西にある下地島など地域の島の高台には、津波で打ち上げられたと伝えられている帯岩などの巨石(津波石)が残る。島が一つ津波に飲み込まれて消えた、という伝承があるが真偽は不明。

 

 

 



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