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日々雑感を書いていきます。無精者なので更新は気の向いた時・・・・ということであしからず!
牧師のお仕事・・?
2018/03/17 16:16:10 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 教会
牧師として小禄バプテスト教会に遣わされて、この4月で6年になります。
導いてくださった神さまには本当に感謝しかありません。
いつも良きパートナーとして支えてくれている妻や家族、もちろん教会の信徒の皆さんにも支えられ、牧師としてはとても生きがいのある幸せな歩みをさせていただいていると思っています。

そんな風に書くと、教会の様子や牧師の仕事について事情をよく知らない方がいぶかしく思うかもしれません。
「へえー、牧師ってなんか楽そうだな。」
「なんだかのんびりした感じ。」
そんな私のお仕事なんですが、ここ数週間関わっていることを少しだけご紹介すると・・

・所属している連盟の「就業規則」や「給与規定」等の整備と改定案作成
・決算書の確認と次年度予算案作成に向けての検討
・同連盟の奨学金受給者への返還に関する業務
・台湾地震被災者救援募金の依頼文作成
・その他連盟理事としての雑務
・クリスチャン婚活支援に関しての意見交換(ウェブ上)
・NPO法人に関する業務もろもろ
・民生委員・児童委員としての業務もろもろ
・学校PTA評議員としての業務もろもろ
・・・・・・
・・・・・・

うーん、何か牧師業と違うような・・。
というか、これはかなりマズいです。
まあ、年度末と言うこともあって、報告書作成とか予算・決算関係に関する業務が増えるのはやむを得ないではありますが、この忙しさはちょっとヤバいと思っています。
牧師は教会において、信徒の信仰の成長をバックアップし、地域にキリストの福音を述べ伝えるべく、聖書と祈りを中心に生活すべきなのです。(他人事のように)

もちろん、本来の牧会(礼拝で説教したり、信徒のお世話をしたり、相談にのったり・・・)もちゃんとやってますよ!
やっておりますが、うっかりすると副業(っていうほど手当てはつかない)に時間を取られてしまっています。
幸い健康が守られて、軽い風邪症状以外は元気ですが、これで万が一倒れたりすると、信徒に申し訳が立ちません。

というわけで、理解のある信徒の皆さんに囲まれて幸せでありますが、自己管理を怠ることのないように気を付けたいと思います。


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教会の個性?
2015/01/09 14:35:34 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 教会

舌に口内炎ができ、腫れて痛いです。(涙)
昨日から塩水でうがいしてますが、治るまであと数週間はかかるのでしょうか・・・。

「教会の個性」ということで話をします。

キリスト教会は一般にはカトリックとプロテスト教会、それに正教会の3つに大別されますね。
じゃあプロテスタントはみんな一緒かといえば、これまた全然違うんです。
礼拝スタイルや聖書の読み方、解釈の仕方、教義上の強調点など。
組織上も千差万別ですね。
例えば、私が属しているバプテストと呼ばれる教派も、本当にいろいろあります。
リベラルから超保守派までよりどりみどりというか・・・。

違うということはとても良いことで、それは個性でもあります。
神様は一人一人にそれぞれの個性をくださいました。
同じように、教会にもそれぞれの個性があるのですね。
音楽の専門家が多く集まる教会であればやはり音楽に力を入れるし、米軍基地のそばにある教会は、基地問題に取り組んだりする・・・というように。

しかし、単純に「個性」というくくりで許容できない場合があることも事実です。
それは、例えばクラスには様々な個性の子がいてそれぞれの個性が尊重されるべきだけれども、クラスの和を乱したり、自己中な行動をとったり、他の子をいじめたりする場合は、もはや「個性だから」では済まされないのと一緒です。

キリスト教会の場合、教理的に明らかに逸脱している、組織的に一般常識から大きく外れている、人々を脅したり惑わしたり何かを強要するといったような体質上の問題がある場合、もはや「教会の個性」とは言い難いものを感じます。
特にまずいのは、「うちの教会こそ一番正しい!聖書的!」とか「うちの牧師は霊的にとても権威があるから、その教えに従わないと・・」のような優越思想的、あるいは極端に排他的な雰囲気を醸し出している場合。

実際にそのような教会があって、結果的にそこで深い傷を負わされてしまった人がいます。
その人が癒されるのには相当な年月がかかります。
傷を与えたのが本来愛を語り実践すべき教会であり、牧師であるわけですから。

教会は決して完全無欠な場所ではありません。
不完全であるからこそ、たくさんの教派が存在しているわけです。
そこに集まる人々はみな罪びとです。
聖人などと呼ばれる資格のある人は一人もいません。
それは牧師であっても同様です。

だからこそ何よりもまず謙遜を身につけなければなりませんね。
信徒あっての牧師であり、地域あっての教会だということ。
上に立つのでなく、下から仕えるということ。
イエスご自身、「仕えられるためではなく、仕えるために」来られたのですから。
弟子たちの汚い足を洗ってくださったイエスのように、私も徹底して仕えるものになりたいです。



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キャンプ
2013/03/26 08:45:20 ブログカテゴリ 楽しい | 書庫 教会
今日からOBC小学校5,6年生キャンプ。
私はスタッフとして参加します。
小禄バプテスト教会からは6年生の男の子が二人参加。
いい刺激を受けてほしいなあ。
何よりイエス様の愛をがっつり感じて欲しい。

では、行ってきます。



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いろんな人
2013/02/26 11:31:20 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 教会
教会っていろんな人が訪ねてくる場所です。
お隣近所の人が来る場合もありますが、訳ありで来る人も多いですね。
悩み事や深刻な問題を抱えてくる人も・・・・

教会は医療費も相談料も取らないので、実はもっと気軽に利用していい場所だと思うんですが、多くの人は症状が非常に重くなるまで来ないのです。
「宗教」という看板や一般の人にとってはやっぱり重たいんでしょうね。

アメリカなんかでは、悩みがあれば本当に気軽に牧師を訪ねます。
ちなみに精神科医にもごく気軽に行きますよね。
そして教会と病院が連携をとっていたり、病院の中にチャペルがあったりというのも普通です。
キリスト教の敷居が低いんですね。
やっぱり文化でしょうか。
日本もそうあってほしいと思います。

普通の牧師はカウンセリングを学んでいますので、お話を聞いたりアドバイスをすることはできます。
薬は出せませんけど、癒しはあります。
何せ、Wonderful Counselorであるイエス様がいますから。

ここんところ毎日訪ねて来られる青年は、大きな精神的な問題を抱えています。
簡単ではない問題です。
病院にも通っています。
でも教会を頼って来てくれることに感謝しています。
彼が癒されるように祈りながら日々を過ごしています。



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クリスマス終了!
2012/12/27 16:06:43 ブログカテゴリ 那覇市 | 書庫 教会
ふうっ・・・・

22日、23日、24日、26日と続いたクリスマス関連集会はおかげさまをもちまして、すべて無事に終了いたしました。
怒涛の1週間でした。
集会出席者の数ですが、

22日のアイモコライブに85人
23日のクリスマス合同礼拝&祝会に39人(子ども11人含む)
24日のキャンドルサービスに23人(子ども7人含む)
26日のクリスマス子ども会に34人(大人10人含む)
となりました。

全体として期待していた人数ではないのですが、内容はそれぞれとてもよかったと思います。
今後、これらの集会の来られた方がまた教会に足を運んでくださるように、フォローアップやケアをしていきたいと思います。
全てを導いて下さった神さまに感謝です。
さらに私たちに知恵が与えられ、神の愛を表すことができますように。

そのうち写真アップします。



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