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日々雑感を書いていきます。無精者なので更新は気の向いた時・・・・ということであしからず!
アフガン情勢に思うこと(2)
2021/09/08 18:46:04 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 時事ネタ
今回のアフガン問題では、米国国内の野党陣営はもとより、世界各国からバイデン政権が格好の批判の的になっています。
確かに、批判されるべき要素は沢山あります。

軍を撤退させる前に、命の危険が想定される一般市民を安全な国に避難させるべきだった。とか
アフガン政府に提供した武器がタリバンの手に渡らないようにきちんと管理すべきだった。とか
政府に対して、米軍撤退後のち密なロードマップを提示しておくべきだった。とか
もっと撤退に時間をかけるべきだった。など、ざっと思いつくだけでもこれだけ出てきます。
バイデンさんの支持率が急降下したのも無理はないでしょう。
失策と言われる今回の撤退劇については、批判にさらされるだけさらされた上で、バイデンさんには次の打開策を見出してほしいと願います。

しかし、そもそもですが、「米軍撤退」という行動自体は失策でしょうか?

というより、さらにそもそもですが、9.11をきっかけに20年前にアメリカが他の西洋諸国と共にアフガンで軍事作戦を展開し、掃討作戦終了後も駐留したことは良かったことでしょうか。

さらにさらにそもそもですが、1970年代のソ連軍侵攻やアフガンをめぐる米ソの争い、ソ連撤退後の内戦や貧困のまん延、それが一つのきっかけとなったタリバン政権の誕生などについては、もう終わったこととして振り返る必要はないということでしょうか。
すべての総括はそこから始めるべきではないでしょうか。

私はアフガンの情勢をニュースで見聞きして、ある既視感を覚えています。
中東情勢ではなく、私が8年半を過ごしたネパールのことです。

私が所属連盟からネパールに宣教師として派遣された2003年当時、国の一部は内乱状態でした。
1990年代半ばに台頭してきた極左勢力「毛沢東主義共産党(マオイスト)」が地方で反政府闘争を繰り広げ、政府側にもマオ側にも多くの死傷者が出ていました。

「極左勢力」とか「毛沢東主義」とか聞くだけで、拒絶反応を起こす人がいるかもしれません。
しかし、そのグループはネパールの9割を占める農村の貧困層から当時絶大な人気を博していました。
権力を振りかざして富を独り占めにし、弱者を搾取し、汚職にまみれた王族を始めとする政府高官に対して、彼らはゲリラ的闘争で対決したのです。
そんなマオ派を、多くの人たちが自由と平等を勝ち取るために闘う正義の味方として歓迎したのです。

その後、2006年内戦終結、王によるクーデター、王政の廃止、共和国の誕生、マオ派からの大統領誕生など、国を揺るがす歴史的な出来事が次々と起こるのを、私は目の当たりにしました。
また、新憲法の制定はその後何年もかけて校正に校正を重ねてようやく2015年に発布されました。
政治的に不安定で貧困が蔓延しているネパールという国を内側から見つめたときに、言語も文化も全く違う多民族国家を一つにまとめるということがいかに困難なミッションであるかを見せつけられました。

当時マオ派の度重なる全国ストライキでたびたび私の活動も中断を余儀なくさせられたこともあって、マオ派の強引で危険な手法を肯定するつもりは毛頭ありませんが、一緒に活動をしていたクリスチャンのスタッフの多くがマオ派を支持していたのも事実です。
ゲリラ的な手段を用いても、何とか慢性的な貧困と上層部の汚職や腐敗を変えてほしいという切実な思いを一般の人たちは誰もが持っていたように思います。

アフガンでタリバンが台頭してきた背景はネパールでマオ派が台頭した背景と全く同じではないにせよ、共通項も多くあります。
その背景を謙虚に学ぶことが大切ではないかと思います。
貧困と汚職は駆逐しなければ国が立ち行かないのは事実で、それが蔓延している状況では強引な手段に打って出るグループが出てくるのは当然とも言えます。(繰り返しますが、タリバンやマオ派を肯定しているのではありません。彼らが台頭した理由に目を向けるべきだと申し上げています。)

もうすぐ9.11から20年になります。
その日はアメリカ人にとって忘れられない日ですし、あのアルカイダの無差別テロ行為は断じて許されません。
一方で、その後の米軍によるアフガンへの軍事攻撃が無批判に正当化されてはいけないと思います。
その後の20年間にわたる米軍駐留も、結局多くの犠牲者を生み、憎悪の連鎖を引き起こしたのではないでしょうか。

昨日のNHKのクローズアップ現代では、9.11をきっかけに義憤に駆られてアフガン戦争に志願した兵士と、その10年後にやはりアフガン駐留を経験した彼の息子を取材していました。


父親はどこまでも戦争を正当化していましたが、息子はアフガンで度重なる自爆テロの脅威にさらされ、帰国後PTSDを患ってしまいました。
そして、あの駐留は無意味だったと涙ながらに語っていました。
これが現実だと思います。
駐留が長引けば長引くほど、状況は泥沼化し、憎悪の連鎖は止まらず、双方に被害者が増えるだけです。
米軍引き上げそのものは、むしろ遅きに失したと私は思います。

もちろん「女性の人権や教育はどうなる?」「信教の自由は?」「タリバンを恐れているアフガン人がたくさんいるではないか?」など、疑問点や課題は沢山あります。
難しいですね。
これについては、次回考えてみます。


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アフガン情勢に思うこと(1)
2021/09/03 11:55:42 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 時事ネタ
アフガニスタンを再びタリバンが掌握したことで、今世界中の視線がこの国に注がれています。
私は決して中東情勢に明るくありませんが、私なりにこの出来事を注視し、教会でも課題として挙げて祈っています。
日々入って来る情報を基に、私なりに考えさせられたことを数回にわたってブログってみたいと思います。
いつもながら行き当たりばったりなので、続かない可能性もありますが、まあ自由気ままをモットーとしているのでそこは気にせず、マイペースで行きたいと思います。


さて、アフガン情勢ですが・・

ほとんどのクリスチャンは、タリバンという、いわゆる「悪名高いイスラム原理主義グループ」が国のかじ取りをすることになってしまったことに非常な懸念を示しています。
そして、多くの教会ではこの国のために、特にその国において少数派であり、ほとんどがイスラムからの改宗者であると言われているクリスチャンが守られるようにと、熱い祈りを捧げているところだと思います。
特に多くの福音的な教会では、海外発出のものをはじめとする幾つかの関連動画が共有され、それを基にアフガンの現状を認識し、祈ったり支援をするという取り組みがなされているように見受けられます。
私のところにもグループラインや個人的なラインでそういったものが幾つも流れてきます。
私も一通り目を通し、大切な情報はできるだけアップデートし教会で共有するようにしています。

しかし、そのような個人や団体が投稿している動画を見ていて大変気になる点があります。
それは、極めて政治的なメッセージを含んでいるケースが多いということです。
政治的なメッセージそのものが悪いというより、動画を発信する人の政治観がもろにその動画作成の意図に現れているということです。
その政治観は必ずしも客観的事実とは限らず、「観」ですから個人的な主観・主張が内包されているわけです。
どんな情報にもある程度そのような主観が含まれているでしょうし、それをすべて排除することはできないでしょう。
しかし、同じような意見のもとに作成された動画やサイトばかりを見続ければ、視聴者は当然その考え方に影響されますよね。
これは、今まで私が取り上げてきたアメリカ大統領選挙や新型コロナに関連する陰謀説にも繋がる原理です。

もちろん、アフガン問題に関連する動画が陰謀説だと申し上げているわけではありません。
またタリバン政権を擁護したり、現地のクリスチャンをはじめとするハイリスクの人たちを救出するために全力を尽くしている個人や団体を否定するつもりもありません。
ただ、今回の件に関しても、やはり多角的な情報の収集が必要なのではないか、ということを申し上げたいのです。
政治的な意図を内包した動画やサイトの情報だけを頼りに、現状を理解した「つもり」になるのではなく、別の角度から見た情報にも触れるべきだと思うのです。
そうした多面的な情報を得て咀嚼し、吟味した上でこそ、私たちが祈るべき課題もよりシャープになっていくのではないでしょうか。

とは言うものの、私自身バランスよく情報を得ることの難しさを感じています。
日本ではアメリカやヨーロッパ経由のニュースしか流れて来ず、ネット情報もほぼそれを基にした内容だからです。
なので、翻訳アプリなどを活用しながら、他言語サイトにも積極的に当たろうと思っています。

そんな中で、目を通していただきたいサイトがあります。
それは、故中村哲氏が語ったアフガン情勢についてのインタビュー記事です。


かなり長いですが、一読の価値があります。
もちろん、中村氏自身の政治的主観もこの中に含まれているわけですが、銃弾に倒れるまで一キリスト者としてアフガニスタン国民のために生涯を捧げて来られた中村氏だからこそ語れる真実があります。

もう一つは手っ取り早くアフガン問題を理解できる動画です。


10分ちょっとと短いですので、まずはここから始めるのもいいと思います。

そもそも今回のアフガン問題は今に始まったことではありません。
その起こりや背景、歴史を知らずして、善悪二元論で斬ってしまえるほどことは単純ではありません。
問題の根本が何なのか、そのあたりから私たちも学び始めていいのではないでしょうか。
私も学び始めたばかりです。
神様に知恵を求めていきたいと思います。


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ファクトチェックのススメ
2021/08/31 13:18:56 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 時事ネタ
*この記事は、私が所属している連盟の月刊誌編集委員会に依頼され寄稿したものです。9月号に掲載されました。
===============

ネットを気軽に見ていたら、

「真実は隠されていた!」

「医師が衝撃の事実を告発!」

などのキャッチ―な見出しが目に飛び込んできて、そのサイトを開いてみたら、他のメディアが語っていない衝撃的な内容に驚き、のめり込んでしまった・・。
友人や家族から、コロナやワクチンに関してショッキングな内容の動画やリンクが送られてきた・・。

このような経験はないでしょうか。
もしおありでしたら、是非一呼吸おいて、丁寧にその情報について考えていただきたいのです。
みなさんの教会では、様々な感染症対策をしながら、一日も早いコロナの収束のために日々祈っていることと思います。
それと同時に、情報の取り方についても各自でしっかり検討する必要があるのではないかと思わされます。
情報の中には誤った内容のものも数多く紛れ込んでいます。
どうすれば洪水のように流れてくる情報の中から取捨選択できるか考えてみましょう。
ここでは特に不安の源となっているコロナやワクチンに関する情報について特化してみます。

あなたが今持っているコロナやワクチンに関する情報はどこから手に入れたものですか。
知人や家族の誰か?
テレビや新聞?
ツイッターやフェイスブック?
YouTube?
では、その情報は元々誰が発信したものか把握していますか。
研究者や専門家でしょうか。
影響力のあるジャーナリストや人気のユーチューバーでしょうか。
その人は何を根拠にその情報を発信しているのか、考えましたか。
もしそれが科学論文やデータ、もしくはその解析であれば、あなた自身もその一次資料に目を通しましたか?

恐らく多くの人たちが持っている情報は、又聞きの又聞きのそのまた又聞き・・だと思います。
「どこそこの誰々がこう言った」という類いのものです。
これは、いわば壮大な「伝言ゲーム」です。
伝言ゲームでは、最初に受け取ったお題を、伝達者が次の人にいかに正しく伝えるかを競いますが、伝達の途中で誤ったメッセージに変換されることがしばしばあります。
コロナやワクチンに関しても、私たち自身がいつのまにか誤ったメッセージを伝達する当事者になっていることがあるのです。
しかも下手をすれば命に係わる問題にもなり得ます。
誰かに伝える前に「本当にそれは事実なのか?」とシビアに考えるべきです。
この事実を確認する作業をファクトチェックといいますが、是非、以下を参考にしながら皆さんもやっていただきたいと思います。

1.ファクトチェックサイトを利用する:世界的に拡散されているデマ情報は、ほとんどの場合プロ集団である第三者機関がすでに真偽を確認済みです。
根拠も明確にしていますので、あなたが信じている言説が誤ってないか、まずはそれらのサイトをあたってみましょう。

2.元ネタ(一次資料)を調べる:伝言ゲームで言えば、最初のお題が何かを調べてみることです。
ネットで関連単語を入力して検索にかけて根気良く調べればほとんどのことは分かります。
英語など他言語の場合は翻訳機能が使えます。

3.権威者の話の引用には注意:元ネタを確認してみると、実際には本人が発言していなかったり、全く違う文脈で語られていたりするケースが見受けられます。
権威ある人の話はうっかり信じやすいので、ビッグネームだからといって鵜呑みにしないようにしましょう。

4.ゼロか100かで考えない:ワクチン接種に関して特にこの白か黒かの議論が多いです。
ワクチンは100%感染や重症化を防ぐものではないですが、だからといってやる意味がないと考えるのは極論です。
津波を完全に防げるか分からないから堤防は必要ないと言うのと同じで、完全には防げなくても堤防は必要です。(もちろん接種するかしないかは各自の判断に任されています。)

5.政治的思想やイデオロギーとは分けて考える:医学的・科学的に正しいかどうかということと政府が信用できるか否かを混同すべきではありません。
政府の発言が、その道の大多数の専門家や研究者の成果と一致している場合においては信頼していいと思います。

コロナやワクチンについてはまだ分からないことがあるのは事実で、将来のことで不安になり、選択したことが間違っていたらと疑心暗鬼になる気持ちは理解できます。
信仰を持って癒し主、助け主である主に寄り頼みながら、賢く知恵を得てこの困難を乗り切っていきたいものです。



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ワクチン接種は不信仰?
2021/08/24 13:25:08 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 時事ネタ
ブログはだいぶ長い間夏休みモードでした。
ぼちぼちマイペースでいろいろ思うことを書き連ねたいと思います。

今日はやや重たい話題です。(そんなのばっかかも)
個人情報の観点から具体的に書けない部分がありますが、ご了承ください。

このブログで一貫して書いていますように、私は積極的にワクチンを打つべきという立場です。
私自身も明日2回目の接種をいたしますが、とても楽しみ(?)です。
しかし、教会に来られる方は必ずしも同じ意見の人ばかりとは限らず、中には絶対に打たないと公言されている方もいます。
そのようなご意見も尊重しておりますし、そのような選択をされた方を排除したり差別したりすることはしていません。
これからもしないでしょう。
ですが、私との立場の違いから教会に留まることを断念し、他の教会に移って行かれた方もおります。
その選択もまた個人個人の考えですし、教会としては残念ですがその決断については尊重しております。
一方、立場の違いがありつつ、教会に残り今まで同様の関係を持っている方もおられます。

先日、別の教会に移られたご家族が数名新型コロナに感染されたということを、あるつてから聞きました。
今沖縄のコロナ状況は全国最悪で、病床ひっ迫が続き、この時期の感染はタイミングとしては悪すぎます。
私の中では、寂しさとやるせなさと悔しさがないまぜになったような何とも言えない苦しさを感じました。
そして、信頼できる方々に状況をシェアし、祈っていただくことにしました。
ご本人からお返事をいただけるか確信がなかったものの、思い切って連絡してみたら、すぐに状況説明と共に祈りへの感謝のお返事をいただいたので、ほっとしました。
厳しい状況ですが、神様が癒してくださることを信じ、祈っていきたいと思います。
同時に、そのご家族にはこれを機にコロナやワクチンに対してより柔軟に(より科学的な視点に立って)考えていただきたいと思います。

私がクリスチャンの皆さんに申し上げたいことは、ワクチンを打つ打たないという選択は信仰とは関係ないということです。
クリスチャンの中に「私はコロナに罹るのは怖くない」「神様が疫病から守ってくださるという御言葉を信じている」と公言される方は少なくありません。
その言葉の裏に、コロナを怖がったり教会で過剰に感染症対策をするのは神さまへの信頼が足りないからだ、というニュアンスを感じます。
しかし、ワクチン問題と信仰問題を絡めることはある意味でとても危険です。
それを言ってしまえば、カルト教会が時々陥る医療否定にもつながりかねません。

私の知人の中に、重い病気に罹ったにもかかわらず、その方が通う教会の牧師から「医者にかかることは不信仰だ」と言われて適切な医療を長い間受けず、結果さらに重症化させてしまい、今でも後遺症に苦しんでいる人がいます。
極端な例だと思われるかもしれませんが、ワクチンを受けたりそれを勧めたりするのを見て「なぜワクチンではなく神様をもっと信頼しないんだ」と心の中ででも思う方は、結果的に同じような思想に陥っている可能性があることを知る必要があります。

それに、「神様が疫病から守ってくださる」という信仰が評価されるのであれば、「神様がワクチンの副反応から守ってくださる」という信仰も同じように評価されてしかるべきです。
両者は全くの等価です。
教会という共同体の中で、また地域社会の中で宣教を行っていく使命が与えられていればこそ、教会は地域にとって安心でき安全な場所だということを、しっかりとした感染症対策をした上で訴えるべきではないでしょうか。
もちろん、私は神の守りも神の癒しも信じています。
それらは現代医療を通しても働きますし、ある意味で現代医療は神からの恵みの一つだということもできます。

ワクチン拒否の理由が医学的なことではなく、ディープステートとか闇の権力とか獣の刻印とかビル・ゲイツとか5Gとかと結び付いている場合ですが、これはまた話し始めると長くなるので割愛します。
一言だけ申し上げますと、科学的な根拠は何一つないし聖書的でも何でもないということです。

今朝の沖縄タイムスには、8月8日から14日までの1週間で陽性反応がでた4千人余りのうち、時期を問わず2回のワクチン接種が完了していた人は85人、率にして2パーセントとのこと。
私が厚生労働省発表のデータから独自に計算すると、2回のワクチン接種後2週間以上経っている人に限定すると高く見積もっても1.5パーセント程度です。(計算の仕方は省きます)
県民全体に対する接種完了者の割合はその時期で約20〜22%ですから、ブレークスルー感染の感染率の低さは明らかです。


世間は以前に比べるとワクチン接種に積極的になっているように感じますし、以前は懐疑的であったけど、正しい情報を得たり自身や身内の感染経験を経て、接種に前向きになるケースが増えています。
ですので、着実にワクチン接種者が増え、いずれ効果的な治療薬も開発され、パンデミックが収まると、ワクチンに端を発する「分断」は減っていくものと思いますし、そう祈っています。
ただし、新型コロナはいずれ収束しても、別の未知の感染症が出てくる可能性は大です。
感染症じゃなくても、未曽有の自然災害やさらに大きな混乱が生じることは十分に考えて備えておく必要があります。
その時に、今回の騒ぎを教訓にしたいものです。

まずは正しい情報の収集と理解に努めること。
デマに惑わされない、デマに加担しないこと。
神に信頼し、御心を求めつつ、地域にあって愛をもって宣教を行っていくことです。
謙遜に聖書に向きあい、理解し、学んでいきたいものです。


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世界中で行われている壮大な伝言ゲーム
2021/07/07 16:58:28 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 時事ネタ
誰もが一度は伝言ゲームをやったことがあると思います。
参加している本人は、前の人から耳打ちされるメッセージを聞き取って次の人にそのまま伝えているつもりでも、途中で少しずつずれてきて、最終回答者が発表する段階では、全く違う意味の内容に変わっていたりするものです。
最初と最後のメッセージの違いが大きければ大きいほどこのゲームは盛り上がります。
2,3年前にネパールの学生たちとジェスチャーでこのゲームをやったときには、文化や表現の違いもあって爆笑に次ぐ爆笑でした。

実は、今世界中でこの伝言ゲームが大流行なんです。
多くの人が知らずにこのゲームに巻き込まれています。
しかし、結果は面白いなんてものではなく、人の命にかかわってくるような深刻な問題をはらんでいます。
これが「陰謀論」という伝言ゲームです。

一例を取り上げてみます。

「コロナによる死者数は、実際には報告されている数字よりずうっと少ない」という言説。
「PCR検査で陽性であれば、死因が実際に何であれ、コロナによる死とされる。」
「交通事故で死んでも、陽性が確認されたらコロナ死」
などという言葉が、まことしやかにネットをにぎわせ、気が付いたら伝言ゲームの当事者になって次の人に伝えている・・ということが起きているのです。

このメッセージのオリジナルは何で、どのようにして歪めて伝えられたのか、調べてみると、どうやら次のようになるようです。

オリジナルメッセージ:厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部作成文書(令和2年6月18日)*全文は長いので抜粋します。

○ 新型コロナウイルス感染症を原死因とした死亡数については、人口動態調査の「死亡票」を集計して死因別の死亡数を把握することになりますが、死因選択や精査に一定の時間がかかります。
○ 厚生労働省としては、可能な範囲で速やかに死亡者数を把握する観点から、感染症法に基づく報告による新型コロナウイルス感染症の陽性者であって、亡くなった方を集計して公表する取扱いとしています。
○ したがって、事務連絡中の「新型コロナウイルス感染症患者が死亡したとき」については、厳密な死因を問いません。新型コロナウイルス感染症の陽性者であって、入院中や療養中に亡くなった方については、都道府県等において公表するとともに、厚生労働省への報告を行うようお願いいたします。 (中略)
○ 新型コロナウイルス感染症の陽性者であって、入院中や療養中に亡くなった方については、厳密な死因を問わず、「死亡者数」として全数を公表するようお願いいたします。
なお、新型コロナウイルス感染症を死因とするものの数を都道府県等が峻別できた場合に、別途、新型コロナウイルス感染症を死因とする死亡者数を内数として、公表することは差し支えありません。
(以下略)

この文書は各都道府県・保健所設置市・特別区 衛生主管部(局)に宛てている公文書で厚労省のホームページの一部で公開されていますが、読み手として一般の人を想定していない内容になっています。
本来の読み手である担当者がこれらの文章を読めば問題なく理解できても、部外者からは誤解される恐れがあります。

案の定、担当者とは関係のないある人がメッセージの一部を切り取って、次のように伝言をしてしまいました。

「事務連絡中の『新型コロナウイルス感染症患者が死亡したとき』については、厳密な死因を問いません」「厳密な死因を問わず、『死亡者数』として全数を公表するようお願いいたします」

前後の文書は読まれず、また誰宛てに宛てた文書なのか聞かされず、これだけを伝えられた伝言ゲーム参加者は、どう受け取るでしょうか。

(伝言ゲーム参加者A)「新型コロナに感染している人が死亡したら、実際の死因が何であれ、全部コロナによる死者としてカウントされる」
(参加者B)「PCR陽性者が死亡したら、実際は心臓病やがんで亡くなっていても、すべてコロナで死んだとされる」
(参加者C)「それどころか、事故死や骨折や自殺なんかも?!」
(参加者D)「ということは、厚労省はコロナ死を実際より多く見せようとしているんだな」
(参加者E)「これには裏があるに違いない。コロナが危険であることを強調して、なんとかしてワクチンを打たせようとしているんだ。」
・・・・・

まだまだこの伝言ゲーム続くのですが、途中で別の怪しいメッセージも取り入れたりして複雑になり、ゲームの出口付近でこのメッセージのバトンを受け取る人は、もはやオリジナルとは似ても似つかない妄想の産物を受け取ることになってしまいます。
しかも、発信元は厚労省というところだけはなぜかしっかり伝えられます。
こうして国のトップがコロナ死の数を操作しているという内容が誤って広がってしまっているのです。

この実に壮大な伝言ゲームは、一部の早とちりな人たちによる勘違いなどでは決してありません。
意図的にこのような誤ったメッセージを発信しているゲーム参加者がいると考えるのが自然です。
なぜなら、ネタは何であれ、ほぼすべての伝言ゲームで、コロナの危険性を過小評価し、ワクチンの効果や安全性に疑問を持たせるような方向性に導かれているからで、最初からそのような目的でメッセージ改ざんを行っている人がいるのでしょう。

大変残念なことに、クリスチャンや牧師の中に、積極的にこの伝言ゲームに加わって、オリジナルとは違うメッセージを伝えている人がいます。
さらに厄介なことに、裏でサタンが操っている、というような科学では確かめようのない「霊的」なことまで絡めてしまっていることもあります。
医学的・科学的な見地から評価すべき事象を、霊的な問題にすり替えるべきではありません。
そうなると、もはやどんなことでも言えてしまいます。
確かに、イエス様は悪霊を追い出し、病気を癒し、死人をよみがえらせました。
それは医学では解決困難な領域にもイエス様は権威をもって関わっておられることを示しています。
科学で解決できないところにも、なお深い希望と平安を得ることができるのが信仰のなせる業であって、信仰とは本来科学を無視することでも科学と対立するものでもありません。
コロナやワクチンは、きちんとしたエビデンスを元に科学で理解できるものです。

少し話がそれましたが、多くの方々が誤った伝言ゲームの当事者になることなく、何度も事実確認を行ったうえで正しい情報伝達に努めていただくことを望みたいと思います。
このことに関しては、次の記事が非常に丁寧に事実関係を伝えていますので、お読みください。
「厚労省が新型コロナの死亡者数を水増しする通達を出している」は正しくない情報 医師が解説



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