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終末と神の裁き(3)
2021/03/10 01:03:37 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 キリスト教
裁きの話、続けます。

世の終わりの裁きについて聞くと、多くの人はこんな風に想像するかもしれません。
「めっちゃ極悪人や心が汚い人は裁かれて当然だけど、良い人や、親切な人、つまり善良な市民は多分裁かれない。」

ここからは聖書をベースに話をします。

聖書はこれについて全く違う見方を教えています。

「義人はいない。一人もいない。」(ローマ人への手紙3:10)

これは、そもそも裁きを受けなくてもいいくらい正しい人は世の中に誰一人いないということを語っています。
つまり聖書によれば、人は罪のゆえに全員「裁かれる」のが当然だというのです。
一人の例外もなく。

前回までのブログで、散々「裁きのない世界は不公平だ」「神の絶対的裁きを求む!」的なことを言って、あたかも私自身は裁かれない側に立っているかのように偉そうに書いていましたが、すみません・・私も裁かれるべき罪びとの一人です。
これについて聖書はこう教えています。

「・・人間には、一度死ぬことと死んだ後に裁きを受けることが定まっている・・」(へブル人への手紙9:27)

「私たちはみな、善であれ悪であれ、それぞれ肉体に応じてした行いに応じて報いを受けるために、キリストの裁きの座の前に現れなければならないのです。」(第二コリント5:10)

なんと、善人悪人関係なく、みんな裁かれるのだ、と言うのです。
「結局みんな裁かれるんかい!」とまた突っ込まれそうです。

さて、ここからが実はポイントなんです。

繰り返しますが、聖書は「義人は一人もいない」「全員裁かれる」と言っていますから、これを文字通りそのまま取ると全員有罪となり、救われるどころか、結局全員地獄で「うおーっ、助けてくれ〜、死にそうだ〜!(死んでるんですが)」とのたうち回るしかないことになります。(地獄がこういうところかどうかは別の議論が必要ですが)
これでは文字通り、死んでも死に切れません!

善人も悪人も全員天国行き(つまり万人救済説)っていうのは不公平ではないか、と前回の記事に書きました。
でも、今度は逆に、全員地獄行き(万人不救済説?)となると、愛であるはずの神がそんなことできるのか、そもそもそんなことをする神が愛なのか、という別の問題が生じます。
それこそ全員が救われるということ以上に納得できないですし、だれがそんな宗教信じようと思うでしょうか。
神がまさかのジレンマに陥ってしまいました。

ここでいったんCM


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