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パラオ-2-
2007/04/10 01:19:47 書庫 全般
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パラオ-2-です。

その前に、昨日は統一地方選挙の開票日でした。

夏の参議院選挙を占う選挙戦だと言われておりましたが、結果は...与野党の勝敗結果は...ほぼ引き分けという結果でしたね。

その中でも、注目は、首都決戦...東京都知事選挙。

逆風の中、3期目を狙う石原慎太郎氏(自民.公明支援)に対し、改革派知事として全国的に有名であった浅野史郎氏(民主・社民支援)の事実上の戦いとなりましたが、石原氏が大差で浅野氏を破り、3期目の当選を果たしました。

今朝のある全国紙には、「太陽世代と団塊世代の戦いは、太陽世代の勝ち」とありました。太陽世代とは、石原氏の芥川賞受賞作品「太陽の季節」にちなみ、昭和一桁生まれの世代と、終戦直後生まれで学生運動が盛んだった団塊世代の浅野氏の戦いを捩ってこのように表現したようですが...

石原氏は、意外と..若い世代にも絶大な人気があるようで、若者やいわゆる無党派層からも多くの支持を受けていたようです。

日本の古き良き時代の「親父」のようなリーダーが必要とされているのでしょうね。

また、隔世遺伝の法則が働いたのかもしれません...

隔世遺伝とは...息子(娘)は父(母)親みたいになりたくないと思いながら成長するので、同じくそう思っていた父(母)親の父(母)親に似る...または共感するのだそうです。

しかし...当選後の石原氏とマスコミとのやり取りは面白かったですね〜マスコミの記者をバッタバタと切り倒す石原節は痛快でした。全国でTVに向かって拍手喝さいした人多かったんじゃないでしょうか。

今後4年間...日本の首都、東京のリーダーとして、頑張って頂きたいと思います!


前置きが長くなりましたが...パラオです。

日本は敗戦後...パラオの人々のように、戦前の日本に協力した人、また特別な思いを持っている人々に対し、あまりにも冷遇し過ぎているというか、無関心になり過ぎているのではないでしょうか...以前、ブログでも紹介した同じ日本軍として戦った台湾人や台湾の高砂義勇兵達のように...

さて...画像は、パラオに架かる橋、「Japan−Palau friendship bridge」(日帛友好橋)です。

この橋は、1977年にアメリカの援助で造られた、パラオの首都コロール島と空港のあるバベルドアブ島を繋ぐ重要な橋で、KBブリッジ「Koror-Babeldaob Bridge」と呼ばれておりましたが、この橋の下請け工事を行なった韓国の建設業者の手抜き工事で、1996年に崩壊してしまいました。

この橋は、コロール島から空港へと向かう唯一の道路であり、また、バベルダオブ島からコロールへ供給されていた電気、水道などのライフラインが通っていたため、一時は国家非常事態宣言が出されたそうです。

旧KBブリッジの崩壊を受け、日本政府は、緊急の援助や仮設の橋の建設を行ないましたが、パラオ政府には、この橋を復旧するだけの資金が無かった為、日本政府はODA(政府開発援助)で、新しく橋を建設することにし、1997年に鹿島建設が工事に着手...2002年1月に完成し供用開始されました。

パラオの大動脈であったKBブリッジの完成で、パラオの人々は喜び、パラオの子供達は、工事を行なった鹿島建設の名前を覚えていた為、日本人を見ると「ありがとうカシマ」と呼んでいたそうです。

この橋の完成が、日本とパラオの交流の新たな時代のきっかけになれば...と思います。

パラオ政府観光局のホームページ

http://www.palau.or.jp/

【参考・引用】
NPO南洋交流協会ホームページ http://www.nanyou.org/index.html

増田俊男の世界 http://www.chokugen.com/

パラオの大和魂 http://www.tamanegiya.com/paraototujimoto.html

私達の先人は大東亜戦争を戦ったのです http://nandakorea.sakura.ne.jp/html/daitoua.html

私は、過去の戦争を賛美したり正当化するつもりは毛頭ありません..むしろ、国を愛する崇高な志をもった多くの方々の命を失わせ、やる必要の無い中国と戦争し、多くの中国人の命を奪った当時の軍国主義が残念でなりません。

また、過去の日本がすべて悪かったという政治家や言論人、マスメディアには決して賛同出来ません。東京裁判史観も否定しています。

私は、歴史研究家でも政治を志す人間でもなんでもありません、日本を..郷土八重山を愛する普通の会社員です。

そんな私が、戦争で亡くなった多くの日本人が、どういう思いで戦って..散華していったのか...それを少しずつ紐解いていったら、当時の日本人は、現代の日本人以上に平和を希求し、崇高な志を持って、国や郷土の未来に対して責任持っていたのだと思い知るようになりました...

最後に..これを...

http://nandakorea.sakura.ne.jp/media/sinjituwadokoni.swf


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