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米兵慰霊碑にて
2011/04/15 17:17:49 書庫 全般

今日は、唐人墓公園の敷地内にある石垣島事件で殺害された米軍兵士慰霊碑で慰霊碑建立期成会関係者で、追悼式を行いました。


この慰霊碑は、太平洋戦争末期、1945年4月15日に、石垣島空爆を行った米軍機編隊のうち1機が、日本海軍により撃墜され、脱出した米海軍兵士3名を、ジュネーブ条約違反となる処刑を行った事件が戦後、極東軍事裁判で明らかになり、平成13年に石垣市と米国の有志で、戦争がもたらしたこのような悲劇を二度と繰り返さず、世界の恒久平和を願い慰霊碑を建立しました。

毎年、米軍兵士3名が処刑された4月15日は、期成会長の識名信用氏と信用氏の奥様、他関係者で追悼式を行っており、私も2年ぶりに参加致しました。

期成会長の識名信用氏の奥様の識名ハルさんは、『(米軍兵士は)石垣に爆弾を落としに来たと言う人もいるけれど、国の命令で行った事であり、こんな若い人たちが、なんでこうやって殺されなければならなかったのかと思うと、かわいそうでならないさ〜...こんな事が二度とないようにね...』と涙を流しながら沖縄式のお供えとお祈りを捧げていました。



















わが国と米国が多くの尊い犠牲を出し戦ったあの戦争から、66年目となる今年の3月11日...
わが国を襲った未曾有の大震災で、米国はわが国に対して過去最大規模の支援「ともだち作戦」を行っております。

あの事件で亡くなった米兵士も、あの世からこの時代の日米両国の絆をしっかりと見届けているのではないかと思います。

以下の英文は、慰霊碑に刻まれている碑文です。
碑文から文字起こしをしたので、スペルが間違っているかもしれませんが、この碑文に刻まれている思いを大切にしていきたいと思います。






















On the morning of April 15,1945,in the closing days of World War 2,a Grumman TBF Avenger,assigned to the carrier USS Makassar Strait,was shot down off the coast of Ishigaki Island by the Imperal Japanese Navy.
The three aviators parachuted in to the water near Ohama and swam to a coral reef,where they were captured by Japanese sailors.
After being interrogated and tortured,they were executed during the night at the foot of Mount Banna,at the Imperial Navy Headquarters.
The torture of prisoners of war was a violation of the Geneva Convention,the rules of war signed by the international community in 1923.
Vernon L.Tebo and Robert Tuggle,Jr.were beheaded. Warren H,Loyd was beaten and stabbed with bayonets by numerous of sailors and soldiers.
This incident was a tragedy which took place during war.

Lt,Verson L.Tebo,28,a Navy pirot,of Illinois
Aviation Radioman 1st Class Warren H.Loyd. 24.of Kansas
Aviation Ordnanceman 1st Class Robert Tuggle,Jr. 20, of Texas

To console the spirits of the three fallen American servicemembers and honor their deaths,we jointly dedicate this monument in the hope that this memorial stone will contribute to the everlasting peace and friendship between Japan and the United States,and that this monument will serve as a cornerstone to convey to future generations our keep desire for eternalpeace in the world and our determination to renounce war.

August 15,2001
The Joint Committee of Japanese and American Citizens to Honor the Three Fallen American servicemembers During World War 2


 太平洋戦争末期の昭和20年4月15日の朝、石垣島に来襲した米海軍護衛空母マカッサル・ストレイトから飛び立った雷撃機グラマンTBFアヴェンジャー編隊の1機が、大日本帝国海軍警備隊の対空砲火で撃墜された。
パラシュートで石垣島大浜海岸沖合に落下した3名の乗員は、海軍兵士に逮捕され捕虜となり、警備隊本部のあるバンナ岳麓で、瀕死の暴行を受け、同日夜処刑されたが、捕虜の虐待は、ジュネーブ条約で禁止されていた。
ティボ中尉とタグル兵曹は、斬首刑となりロイド兵曹は、多数の兵士達の銃剣による刺突で無残にも殺害された。
これは、戦争がもたらした非常に悲しい事件であった。

バーノン・ローレンス・ティボ中尉(機長 イリノイ州出身 28歳)
ウォーレン・エイチ・ロイド兵曹(通信手 カンザス州出身 24歳)
ロバート・タグル・Jr.兵曹(砲撃手 テキサス出身 20歳)

 人道上から日米が協力して、無念のを死遂げた米兵士の御霊を慰めるため、ここ石垣島に慰霊碑を建立する。
 碑が日米の平和、友好の発展に寄与し、かつ人間として持つべき平和を希求する心と、決して戦争があってはならないという固い誓いを後世に正しく伝え、世界の恒久平和の実現に寄与することを祈る。

平成13年8月15日
米軍飛行士慰霊碑建立期成会



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