高校野球生活 (比嘉 恵一)
2008/10/02 08:02:11 |
野球 | 全般 |
高校野球生活 (比嘉 恵一)? 野球について 僕が野球を始めたのが小学校1年生のときでした。少年野球は当山ライオンズ、中学校は浦西中学校でしたが中学校の部活には入らず、宜野湾市にある宜野湾ポニーズに入部しました。僕は宜野湾ポニーズに入っていなければ今浦商で野球をしていなかったと思います。とても厳しい監督でしたがここまで成長できとても感謝しています。そして、高校へ行く事になって第一の志望校は、他の学校でした。しかし、体験入学で浦商野球部の環境の良さに引かれ浦商で甲子園を目指したいと思い入部しました。僕にとって野球は出会いの場だと思います。野球を通して多くの人、色んな人との出会いがありました。そういった人のお陰で今の僕がいます。 ?勉強について(検定) 高校へ入学して、最初はやらされているばかりでもちろん成績もそこまで上がることはありませんでした。しかし、今だから言えますが、1年生の2学期の中間テストの簿記のテストで0点を取ってしまいました。部長の健吾先生が簿記の担当の教師でした。その時は、0点を取った恥ずかしさではなく。あれだけ真剣に教えてくれた健吾先生に本当に申し訳ないという気持ちでいっぱいでした。僕が進んで授業に取り組むようになったのはこのときからです。まず、授業中は絶対居眠りはしないということを決めやってきました。すると今では、成績も上がり評定も3だったのが4.6まであがりました。野球でも勉強でも通ずることはたくさんあると思いました。それは、「やれば必ず出来る!」ということです。 ?苦しかったこと、楽しかったこと 僕が苦しかった事も楽しかった事も肘の怪我です。1年生の時に遠投で投げたとたん肘に激痛が走りました。約1年間戦線離脱の日々です。正直、本当に辛かったです。しかし、僕には沢山支えてくれたチームメイトがいました。本当に好きだった野球を奪われ何をしていいのか分からなく戸惑う日々が続きました。そしてある日、野球の練習は投げて打って守ることだけが全てではないことを教えてくれました。そこから、練習の補助をしながら自分の練習に励みました。徹底的に走り込もうと思い、トレーニングに時間を費やしました。この1年間の怪我があったからこそ今の自分があります。本当に多くの事を知り、学びました。体のケア・練習の意味・野球に対する考え方が変わりました。そして、一番学んだことは、当たり前だけど「野球が当たり前に、普通に出来ることがこんなに幸せで素晴らしい事なんだ。」という事をこの怪我が教えてくれました。この怪我は僕の野球人生を変えてくれました。今では、怪我をして良かったと思えるようになりました。 ?今後について 今後は野球の練習もしながら勉強に励もうと思います。大学では第2の野球人生が待っています。大学では野球を一生懸命しながら僕の目標である教員を目指します。そしてまた、教員として甲子園を目指します。 ?後輩に伝えたいこと それはどんなに辛い事があってもどんなに楽しい事があってもそれはあくまでも通過点に過ぎないという事です。どんなに調子が良い時でも必ず立ち直れないほど調子が悪い時期が来ます。しかし、どんなに調子が悪くても必ず良い日が来ます。それを信じて後輩には頑張って欲しいです。諦めないという事が一人一人の道が開ける方法だと僕は思います。練習は厳しいと思いますが甲子園へ行ったという事を忘れないでください。それは今までやってきた事が間違っていなかったと証明されたからです。 *沖縄県野球部競技力大会1500M優勝
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高校野球生活 (比嘉 恵一)