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怪しい「祈祷課題」を斬る(2)
2021/09/21 13:08:50 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 キリスト教
私はトマスのように疑い深い(?)性格なので、これまで何度も書いてきているように、「本当にその情報あってる?」と確かめなければ落ち着かない性分です。
なので怪しいと思った文章はファクトチェックにそれなりに時間をかけます。

3年前に送られてきた文章で、私がすぐに怪しいと感じたのは、次の3点です。

1)キリスト教が原則禁止されているイラクに229名もの宣教師が本当にいるのか
もちろん調べたわけではなく、あくまで感覚的なものですが、ここで宣教師と書かれているのは一般的な認識だと欧米から来た白人の宣教師でしょう(もちろん韓国をはじめとするアジアの宣教師も一定数考えられますが、あくまで一般的な認識です。)
ただでさえ目立つ白人が宣教を目的として200人以上も潜入しているのはいかにも不自然です(ビザを取るだけでも大変です)。

2)メディアでまったく報道がなされていない
自国の民間人が外国で処刑にされるということになれば、たった一人であったとしてもその国では大騒ぎになり、外交問題に発展しかねません。(ISに殺害された後藤健二さんの例を見ても明らかです)。
数百人の人が今日、明日処刑になるかもしれないという話は国際的な大問題で、それが本当であれば世界中のメディアが大々的に報じるでしょう。
ところが一切そのような報道はありませんでした。

3)アフリカ在住の宣教師がどうしてその情報を知ったのか
情報の発信元がチワワの宣教師JUDITH CARMONAとなっています。
チワワがどこに国の地名かパッと出てきませんが、アフリカであるということは中東についての一次情報を正確に得られる国とは思えません。
又聞きであるか、誤情報の可能性が高いと思われます。

以上のことがすぐに頭をよぎったので、ネットでその情報を調べたところ、それがデマであることがすぐに分かりました。(このような情報は英文サイトが確実です)
同じように情報を疑った人がすでにファクトチェックをしていてネットで公開していたのです。

今回、アフガン情勢の混乱に乗じた形で、再び同じような「祈祷課題」が国名を変えただけで拡散されているわけです。
229名という数字、発信元が同じJudith Carmonaさん(カタカナ表記は微妙に違っていますが)であることから、3年前のものの焼き直しであることは一目瞭然です。
もちろん、これもファクトチェックされていますので、英文ですがサイトのリンクを貼ります。


このサイトによれば、最初にこの情報が出回り始めたのは2009年のことで、幾つかのバージョンを経て今日に至っているとのこと。

これらを拡散している多くのクリスチャンは、普段から良く祈る純粋で献身的な方たちだと思います。
まったく悪気はなく、イラクやアフガンの情勢を憂えて真剣に現地のクリスチャンが守られるように祈っているのでしょう。
それだけに、最初にこのネタを発信した人に私は腹立たしさを感じます。
特に、「今日の午後」とか「明日」と書くことで緊急性を強調し、情報を受け取った人にファクトチェックする猶予を与えず拡散を促しているように思えるからです。
「祈祷課題」と称していますが、これではまるで、昔流行った「不幸の手紙」あるいはいわゆるチェーンメールそのものではないでしょうか。

それではこれを最初に流した人(Judith Carmonaかどうかはともかく)は、不幸の手紙を流すのと同じような愉快犯でしょうか。
私はそうではないと感じます。
恐らくは、イスラム教がいかに悪魔的で野蛮な宗教で、クリスチャンはその勢力と戦っていかなければならないと考え、分断を煽る原理主義的な思想を持った人だと思います。
だから、この人にとってはアフガンでもイラクでもイスラム教の国であればどちらでもよかったのではないでしょうか。
これは果たして宣教と言えるでしょうか。
嘘を拡散させてまでイスラム教徒と対立することを神は願っておられるのでしょうか。

前回のブログで書きましたが、アフガン情勢を表面的な現象だけでジャッジすべきではありません。
タリバンの暴力性や非人権主義は厳しく非難されるべきですが、アメリカをはじめとする西洋諸国の対応や彼らが支援してきた現地政府の汚職や腐敗も同様に非難されるべきです。

キリスト教国やキリスト者は、分断ではなく常に平和と愛に根ざして宣教を志していくべきで、不必要な摩擦や緊張を生じさせるのは宣教とは言い難いものです。
私は完全平和主義・完全非暴力主義では決してありませんが、アフガンの混乱を見る時に、やはりアメリカが仕掛けたアフガン戦争は誤っていたと思います。

結論として、「祈祷課題」が回って来たときにすべてを疑う必要は全くありませんが(そんなことしていたら大変です)、国際的な大きな課題である場合には一呼吸おいて冷静に事実関係を確認する作業は大切だと思います。
その上で、事実であることが分かれば、できる範囲で情報を共有し、心からみんなでその課題を祈ることができればいいのではと思います。
わたしたちの教会でもアフガン情勢についての課題を共有してお祈りしています。


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怪しい「祈祷課題」を斬る(1)
2021/09/21 12:58:51 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 一般
昨日(9月20日)だけで、三回もほぼ同じ記事に遭遇しましたので、一言ブログに書いておきたいと思いました。
かなり拡散されているように思われます。
一つは直接私にラインで送られてきたもの、一つはフェイスブックで見かけたもの、一つはあるブログで見かけたものです。
私のラインに送られてきたものをそのまま書き出します。

===============
お祈りのお願いです。アフガニスタンの情報によると今日か明日の日に、二百なん十名のクリスチャン伝道者牧師宣教師たちがイスラム教の人達に死刑される実態との事で、是非、これらの兄弟姉妹たちが身心が守られますように執成し祈りの以来があります。宜しくお願いします。(以上、原文のまま)
===============

同じような文面を8月にツイッターでも見かけ、またあるグループラインでも同時期に回って来ていました。
8月に回ってきたものは次の文章です。

===============
「お忙しい中とは思いますが、どうか共にお祈りをお願いいたします。
今、イスラムアフガンに囚われて今日の午後、死を宣告される229名のクリスチャンたちのためお祈りください。
このメールはアフリカで宣教師をしているジュディス・カルモナさんから、たくさんの兄弟姉妹に祈っていただくように送られてきました。
現在、イラクのクリスチャンが多く住むアラゴスという市が、イスラム過激派に占領されて斬首されているとのことです。
このことを覚えて、数分でも彼らのためにお祈りくださいとのことです。
より多くのクリスチャンに祈っていただくために、お知り合いにお知らせください。」(以上、原文のまま)
===============

両者の文面は酷似していますので、元々は同じソースからのものであると推測できますが、もしこれが事実なら、8月の時点で「今日の午後」と書かれていますので、もう結論は出ているということになります(生き延びたか処刑にされたか定かではありませんが。)

ところが、実は私は3年前にこれとほぼ同じ文章をある方からラインでいただいていました。
その文章も書き出してみます。

===============
ユディスカモナ(JUDITH CLRMONA)宣教師からの情報です。
明日229名の宣教師がイラクで死刑になるとのことです。
急進的なイスラム団体がイラクで一番大きなキリスト教の都市に、クーラコシュ(巻物)を持って来た故に、処刑されるキリスト教の男性女性および子供たちが祈りによってカバーされることを願っています。
そしてぜひこれを多くの人に伝えて、祈っていただけるようにお願いしますとのことでした。

以下はスペイン語の原文をGoogle翻訳したものだそうです。

「今日、悲しいことに、彼らは今このひどいニュースを確認しました。あなたはニュースでそれを裏付けることができます。どのような悲しみ!明日の午後アフガニスタンのイスラム教徒が死刑判決を受けた229人のクリスチャン宣教師を祈ってください。できるだけ早くこのメッセージを伝えて、多くの人々が祈ることができるようにしてください。このメッセージは、アフリカにいるチワワの宣教師JUDITH CARMONAによって送られました。
惑星全体が祈りの中で団結しました。
あなたがそれを再提出することができれば、急進的な祈りに参加しましょう。イラクの過激派イスラムグループが、イラク最大のキリスト教都市、クアラゴシを奪ったからです。数百人がいるところ
斬首されているキリスト教徒の男性、女性、子供。それは祈りのカバーを求めています。分かり、それらのために祈ってください。あなたができる人にメッセージを渡してください。(以上、原文のまま)
================

送られてきた文章にGoogle翻訳によるスペイン語の和訳が含まれていて、ぎこちない日本語になっていますが、意味としては上記二つのものにそっくりです。
大きく違うのは、アフガニスタンがイラクに入れ替わっていることです。
このメッセージが送られてきたのは、2018年12月です。

さて、このような祈祷課題を受け取ったときに、私たちはどうそれと向き合うべきでしょうか。(続く)



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アフガン情勢に思うこと(2)
2021/09/08 18:46:04 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 時事ネタ
今回のアフガン問題では、米国国内の野党陣営はもとより、世界各国からバイデン政権が格好の批判の的になっています。
確かに、批判されるべき要素は沢山あります。

軍を撤退させる前に、命の危険が想定される一般市民を安全な国に避難させるべきだった。とか
アフガン政府に提供した武器がタリバンの手に渡らないようにきちんと管理すべきだった。とか
政府に対して、米軍撤退後のち密なロードマップを提示しておくべきだった。とか
もっと撤退に時間をかけるべきだった。など、ざっと思いつくだけでもこれだけ出てきます。
バイデンさんの支持率が急降下したのも無理はないでしょう。
失策と言われる今回の撤退劇については、批判にさらされるだけさらされた上で、バイデンさんには次の打開策を見出してほしいと願います。

しかし、そもそもですが、「米軍撤退」という行動自体は失策でしょうか?

というより、さらにそもそもですが、9.11をきっかけに20年前にアメリカが他の西洋諸国と共にアフガンで軍事作戦を展開し、掃討作戦終了後も駐留したことは良かったことでしょうか。

さらにさらにそもそもですが、1970年代のソ連軍侵攻やアフガンをめぐる米ソの争い、ソ連撤退後の内戦や貧困のまん延、それが一つのきっかけとなったタリバン政権の誕生などについては、もう終わったこととして振り返る必要はないということでしょうか。
すべての総括はそこから始めるべきではないでしょうか。

私はアフガンの情勢をニュースで見聞きして、ある既視感を覚えています。
中東情勢ではなく、私が8年半を過ごしたネパールのことです。

私が所属連盟からネパールに宣教師として派遣された2003年当時、国の一部は内乱状態でした。
1990年代半ばに台頭してきた極左勢力「毛沢東主義共産党(マオイスト)」が地方で反政府闘争を繰り広げ、政府側にもマオ側にも多くの死傷者が出ていました。

「極左勢力」とか「毛沢東主義」とか聞くだけで、拒絶反応を起こす人がいるかもしれません。
しかし、そのグループはネパールの9割を占める農村の貧困層から当時絶大な人気を博していました。
権力を振りかざして富を独り占めにし、弱者を搾取し、汚職にまみれた王族を始めとする政府高官に対して、彼らはゲリラ的闘争で対決したのです。
そんなマオ派を、多くの人たちが自由と平等を勝ち取るために闘う正義の味方として歓迎したのです。

その後、2006年内戦終結、王によるクーデター、王政の廃止、共和国の誕生、マオ派からの大統領誕生など、国を揺るがす歴史的な出来事が次々と起こるのを、私は目の当たりにしました。
また、新憲法の制定はその後何年もかけて校正に校正を重ねてようやく2015年に発布されました。
政治的に不安定で貧困が蔓延しているネパールという国を内側から見つめたときに、言語も文化も全く違う多民族国家を一つにまとめるということがいかに困難なミッションであるかを見せつけられました。

当時マオ派の度重なる全国ストライキでたびたび私の活動も中断を余儀なくさせられたこともあって、マオ派の強引で危険な手法を肯定するつもりは毛頭ありませんが、一緒に活動をしていたクリスチャンのスタッフの多くがマオ派を支持していたのも事実です。
ゲリラ的な手段を用いても、何とか慢性的な貧困と上層部の汚職や腐敗を変えてほしいという切実な思いを一般の人たちは誰もが持っていたように思います。

アフガンでタリバンが台頭してきた背景はネパールでマオ派が台頭した背景と全く同じではないにせよ、共通項も多くあります。
その背景を謙虚に学ぶことが大切ではないかと思います。
貧困と汚職は駆逐しなければ国が立ち行かないのは事実で、それが蔓延している状況では強引な手段に打って出るグループが出てくるのは当然とも言えます。(繰り返しますが、タリバンやマオ派を肯定しているのではありません。彼らが台頭した理由に目を向けるべきだと申し上げています。)

もうすぐ9.11から20年になります。
その日はアメリカ人にとって忘れられない日ですし、あのアルカイダの無差別テロ行為は断じて許されません。
一方で、その後の米軍によるアフガンへの軍事攻撃が無批判に正当化されてはいけないと思います。
その後の20年間にわたる米軍駐留も、結局多くの犠牲者を生み、憎悪の連鎖を引き起こしたのではないでしょうか。

昨日のNHKのクローズアップ現代では、9.11をきっかけに義憤に駆られてアフガン戦争に志願した兵士と、その10年後にやはりアフガン駐留を経験した彼の息子を取材していました。


父親はどこまでも戦争を正当化していましたが、息子はアフガンで度重なる自爆テロの脅威にさらされ、帰国後PTSDを患ってしまいました。
そして、あの駐留は無意味だったと涙ながらに語っていました。
これが現実だと思います。
駐留が長引けば長引くほど、状況は泥沼化し、憎悪の連鎖は止まらず、双方に被害者が増えるだけです。
米軍引き上げそのものは、むしろ遅きに失したと私は思います。

もちろん「女性の人権や教育はどうなる?」「信教の自由は?」「タリバンを恐れているアフガン人がたくさんいるではないか?」など、疑問点や課題は沢山あります。
難しいですね。
これについては、次回考えてみます。


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アフガン情勢に思うこと(1)
2021/09/03 11:55:42 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 時事ネタ
アフガニスタンを再びタリバンが掌握したことで、今世界中の視線がこの国に注がれています。
私は決して中東情勢に明るくありませんが、私なりにこの出来事を注視し、教会でも課題として挙げて祈っています。
日々入って来る情報を基に、私なりに考えさせられたことを数回にわたってブログってみたいと思います。
いつもながら行き当たりばったりなので、続かない可能性もありますが、まあ自由気ままをモットーとしているのでそこは気にせず、マイペースで行きたいと思います。


さて、アフガン情勢ですが・・

ほとんどのクリスチャンは、タリバンという、いわゆる「悪名高いイスラム原理主義グループ」が国のかじ取りをすることになってしまったことに非常な懸念を示しています。
そして、多くの教会ではこの国のために、特にその国において少数派であり、ほとんどがイスラムからの改宗者であると言われているクリスチャンが守られるようにと、熱い祈りを捧げているところだと思います。
特に多くの福音的な教会では、海外発出のものをはじめとする幾つかの関連動画が共有され、それを基にアフガンの現状を認識し、祈ったり支援をするという取り組みがなされているように見受けられます。
私のところにもグループラインや個人的なラインでそういったものが幾つも流れてきます。
私も一通り目を通し、大切な情報はできるだけアップデートし教会で共有するようにしています。

しかし、そのような個人や団体が投稿している動画を見ていて大変気になる点があります。
それは、極めて政治的なメッセージを含んでいるケースが多いということです。
政治的なメッセージそのものが悪いというより、動画を発信する人の政治観がもろにその動画作成の意図に現れているということです。
その政治観は必ずしも客観的事実とは限らず、「観」ですから個人的な主観・主張が内包されているわけです。
どんな情報にもある程度そのような主観が含まれているでしょうし、それをすべて排除することはできないでしょう。
しかし、同じような意見のもとに作成された動画やサイトばかりを見続ければ、視聴者は当然その考え方に影響されますよね。
これは、今まで私が取り上げてきたアメリカ大統領選挙や新型コロナに関連する陰謀説にも繋がる原理です。

もちろん、アフガン問題に関連する動画が陰謀説だと申し上げているわけではありません。
またタリバン政権を擁護したり、現地のクリスチャンをはじめとするハイリスクの人たちを救出するために全力を尽くしている個人や団体を否定するつもりもありません。
ただ、今回の件に関しても、やはり多角的な情報の収集が必要なのではないか、ということを申し上げたいのです。
政治的な意図を内包した動画やサイトの情報だけを頼りに、現状を理解した「つもり」になるのではなく、別の角度から見た情報にも触れるべきだと思うのです。
そうした多面的な情報を得て咀嚼し、吟味した上でこそ、私たちが祈るべき課題もよりシャープになっていくのではないでしょうか。

とは言うものの、私自身バランスよく情報を得ることの難しさを感じています。
日本ではアメリカやヨーロッパ経由のニュースしか流れて来ず、ネット情報もほぼそれを基にした内容だからです。
なので、翻訳アプリなどを活用しながら、他言語サイトにも積極的に当たろうと思っています。

そんな中で、目を通していただきたいサイトがあります。
それは、故中村哲氏が語ったアフガン情勢についてのインタビュー記事です。


かなり長いですが、一読の価値があります。
もちろん、中村氏自身の政治的主観もこの中に含まれているわけですが、銃弾に倒れるまで一キリスト者としてアフガニスタン国民のために生涯を捧げて来られた中村氏だからこそ語れる真実があります。

もう一つは手っ取り早くアフガン問題を理解できる動画です。


10分ちょっとと短いですので、まずはここから始めるのもいいと思います。

そもそも今回のアフガン問題は今に始まったことではありません。
その起こりや背景、歴史を知らずして、善悪二元論で斬ってしまえるほどことは単純ではありません。
問題の根本が何なのか、そのあたりから私たちも学び始めていいのではないでしょうか。
私も学び始めたばかりです。
神様に知恵を求めていきたいと思います。


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ファクトチェックのススメ
2021/08/31 13:18:56 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 時事ネタ
*この記事は、私が所属している連盟の月刊誌編集委員会に依頼され寄稿したものです。9月号に掲載されました。
===============

ネットを気軽に見ていたら、

「真実は隠されていた!」

「医師が衝撃の事実を告発!」

などのキャッチ―な見出しが目に飛び込んできて、そのサイトを開いてみたら、他のメディアが語っていない衝撃的な内容に驚き、のめり込んでしまった・・。
友人や家族から、コロナやワクチンに関してショッキングな内容の動画やリンクが送られてきた・・。

このような経験はないでしょうか。
もしおありでしたら、是非一呼吸おいて、丁寧にその情報について考えていただきたいのです。
みなさんの教会では、様々な感染症対策をしながら、一日も早いコロナの収束のために日々祈っていることと思います。
それと同時に、情報の取り方についても各自でしっかり検討する必要があるのではないかと思わされます。
情報の中には誤った内容のものも数多く紛れ込んでいます。
どうすれば洪水のように流れてくる情報の中から取捨選択できるか考えてみましょう。
ここでは特に不安の源となっているコロナやワクチンに関する情報について特化してみます。

あなたが今持っているコロナやワクチンに関する情報はどこから手に入れたものですか。
知人や家族の誰か?
テレビや新聞?
ツイッターやフェイスブック?
YouTube?
では、その情報は元々誰が発信したものか把握していますか。
研究者や専門家でしょうか。
影響力のあるジャーナリストや人気のユーチューバーでしょうか。
その人は何を根拠にその情報を発信しているのか、考えましたか。
もしそれが科学論文やデータ、もしくはその解析であれば、あなた自身もその一次資料に目を通しましたか?

恐らく多くの人たちが持っている情報は、又聞きの又聞きのそのまた又聞き・・だと思います。
「どこそこの誰々がこう言った」という類いのものです。
これは、いわば壮大な「伝言ゲーム」です。
伝言ゲームでは、最初に受け取ったお題を、伝達者が次の人にいかに正しく伝えるかを競いますが、伝達の途中で誤ったメッセージに変換されることがしばしばあります。
コロナやワクチンに関しても、私たち自身がいつのまにか誤ったメッセージを伝達する当事者になっていることがあるのです。
しかも下手をすれば命に係わる問題にもなり得ます。
誰かに伝える前に「本当にそれは事実なのか?」とシビアに考えるべきです。
この事実を確認する作業をファクトチェックといいますが、是非、以下を参考にしながら皆さんもやっていただきたいと思います。

1.ファクトチェックサイトを利用する:世界的に拡散されているデマ情報は、ほとんどの場合プロ集団である第三者機関がすでに真偽を確認済みです。
根拠も明確にしていますので、あなたが信じている言説が誤ってないか、まずはそれらのサイトをあたってみましょう。

2.元ネタ(一次資料)を調べる:伝言ゲームで言えば、最初のお題が何かを調べてみることです。
ネットで関連単語を入力して検索にかけて根気良く調べればほとんどのことは分かります。
英語など他言語の場合は翻訳機能が使えます。

3.権威者の話の引用には注意:元ネタを確認してみると、実際には本人が発言していなかったり、全く違う文脈で語られていたりするケースが見受けられます。
権威ある人の話はうっかり信じやすいので、ビッグネームだからといって鵜呑みにしないようにしましょう。

4.ゼロか100かで考えない:ワクチン接種に関して特にこの白か黒かの議論が多いです。
ワクチンは100%感染や重症化を防ぐものではないですが、だからといってやる意味がないと考えるのは極論です。
津波を完全に防げるか分からないから堤防は必要ないと言うのと同じで、完全には防げなくても堤防は必要です。(もちろん接種するかしないかは各自の判断に任されています。)

5.政治的思想やイデオロギーとは分けて考える:医学的・科学的に正しいかどうかということと政府が信用できるか否かを混同すべきではありません。
政府の発言が、その道の大多数の専門家や研究者の成果と一致している場合においては信頼していいと思います。

コロナやワクチンについてはまだ分からないことがあるのは事実で、将来のことで不安になり、選択したことが間違っていたらと疑心暗鬼になる気持ちは理解できます。
信仰を持って癒し主、助け主である主に寄り頼みながら、賢く知恵を得てこの困難を乗り切っていきたいものです。



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