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日々雑感を書いていきます。無精者なので更新は気の向いた時・・・・ということであしからず!
武田邦彦氏の動画に一言
2021/05/25 18:01:57 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 時事ネタ
分かりやすくてよどみない語り口調と大学教授・科学者という肩書で、メディアでも露出の多かった武田邦彦氏。
YouTubeのチャンネル登録者数、再生回数も大変多く、科学系YouTuberとしては最も人気のある方であることは間違いないと思います。
クリスチャンでも彼の動画をチェックしている人はかなり多いように思われます(いろんな方から彼の動画の話を聞きました。)

氏については、10年以上前に知ってから、その言動を「批判的に」注目していました。
それは、私がネパールで環境問題に取り組んでいた時に、ひょんなことから氏が書かれた「偽善エコロジー」という本を読んでからです。
大変示唆に富んだ指摘がされている反面、明らかに受け狙いと思われる事実に基づかない主張があって、個人的には警戒心を持ちました。
とはいえ、氏は本来の専門分野以外にもかなり視野を広げていろいろな主張をされていて、確かによく勉強なさっていると思いますし、何より話術に長けていて人を引き付ける賜物をもっています。

さて、氏の最新の動画を見てみました。


長いのですが最後まで見ました。
その中でワクチンについて現在氏がどのような見解を持っているのかに注目してみたのですが、意外にも、「これについては分からない」と仰っているんですね。
「意外にも」と書いたのは、氏のスタンスからして反ワクチンを主張するのではないかと思っていたからです。
もっとも、ご自身はワクチンを打たないとは宣言していますが。

「分からない」という、武田氏にしては奥歯に物が詰まったような言い方をされる理由として、専門家のデータ分析の解釈が分かれるからだということでした。
ある東大の教授はデータを示してワクチンは安全であると言い、海外の別の専門家は同じようなデータを示して真逆のことを言っていると言うのです。(その実際のデータを具体的に示していただけなかったのは残念です)。

私が???と思ったのは、ワクチン接種が進んだ国とコロナ感染者数の変化との関連性についての氏の分析です。
イスラエルとイギリスについては、感染者数が減ったことを認めている一方で、インドについては逆にワクチン接種が進んで感染者数が増えたとおっしゃっています。
だから因果関係は不明なんだと。

この主張は誤りです。
イスラエルとイギリスでワクチン接種を完了した人(2回とも終えた人)は、5月25日時点でそれぞれ56.5人と33.9人で、世界第1位と第5位となっています。
ちなみに、2位から4位はチリ、米国、UAEで、3位の米国と4位のUAEは順調に感染者を減らしています。
注目すべきはむしろチリの感染状況です。
世界第2位の接種率にもかかわらず、感染がなかなか収束する様子がありません。
この原因としてCNNが伝えているところによると、早くからワクチン接種のスタートダッシュに成功したことで、多くの国民が気を緩め一気に移動制限が緩和されたこと、有効性が低いとされる中国のシノファーム製を主に使っていたことがあるのではと指摘しています。

ワクチン接種率世界3位、それでも感染再拡大 世界がチリに学ぶべき教訓

武田氏がイスラエル・イギリスと比較しているインドはというと、同じ時点でわずか3.0%で、日本の2.2%より少しマシなくらいのレベルです。
人口が中国並みに多いので、接種者は多くても人口比にすると全く進んでいないのが実情です。
それに加えて、モディ首相が2月の時点で対コロナ勝利宣言をしてしまうという大失態をしたために、多くの国民がこれで大丈夫と誤解をしてしまい、超過密状態でヒンズー教のお祭りが行われたということなどが感染爆発の原因と言われています。


インドはワクチン接種が進んでいるにもかかわらず感染の勢いが止まらないのではなく、事実は逆で、ワクチン接種が進んでいないのに加えて、国が誤った政策を取ったことが原因なのです。
ワクチン接種(特にmRNAワクチン)の進んだ国が感染を抑え込んでいることは、データを読めば明らかで、その点において氏の分析には誤りがあります。
そしてこの誤りは致命的です。
なぜなら、この分析結果は自分がワクチンを打つか打たないかの決定に大きく影響すると思われるからです。

武田氏は流れるようによどみなく語るので、注意して聞かないと誤りに気づきません。
多くの視聴者はデータの裏付けまでチェックしないと思われますので、その点でもメディアリテラシーの向上が一層求められます。

最後に一言。
氏は、自分はどのような組織とも利害関係がないから真実を喋れるんだ、と何度か動画の中で語っていますが、この動画配信で多くの視聴者を得ることで明らかに少なくない利益があるはずです。
私から見れば、誠実で正義感のある医者であればあるほど、自分自身の利益にならないと分かっていながら一日も早くパンデミックを終わらせるためにワクチン接種に奔走しているように思います。
そしてこのような人たちの多くはYouTubeを配信する暇もない人たちです。
私は現場の医療従事者を支え、医療崩壊を防ぎ、もちろん自分自身や家族も安心して仕事や生活をするために、順番が回ってきたら喜んでワクチンを接種するつもりでいます。
願わくは今年中には接種して来年またネパールツアーを再開したいです。

(追記)記事を投稿した後で、改めて武田氏に関する記事を検索すると、BuzzFeed Japanが以前の氏の発言をファクトチェックしている記事を見つけました。リンクを貼っておきます。
「日本の高校生全員にワクチン、50人が死亡か半身不随などの副作用に」は誤り。大学教授の発信、YouTubeで30万回再生


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批判的に物事を見る(critical thinking)
2021/05/25 14:33:31 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 聖書
2か月前からオンラインでバイブルスタディを始めた外国人のR姉。
スポンジのように御言葉を吸収し、いわゆる霊的に「飢え渇いている」状態。
このような方との学びは本当に励まされます。

ところが、ちょっと不安になることがありました。
今朝、彼女から一つの動画が送られてきたので、何だろうと思って見てみると・・
見たことのない外国人メッセンジャーがネパール語の通訳者と共にメッセージをしている動画でした。
聴いているうちに、むむむ・・と私は表情が険しくなりました。
これはあまり宜しくない。
語っていることが怪しい。

一通り見た後で、この人のプロフィールや他の動画を見てみると、過去にかなりおかしなことを言っていることが判明。
そもそも、自ら預言者と名乗っている時点で私的にはアウト。
彼女としては、この動画で励まされたので、私にシェアしたいと思って送ってくれたのですが、すぐに彼女には丁寧に注意を促すコメントを入れました。
でも無理はないと思うのです。
いまやお手軽にメッセージ動画が視聴できる時代です。
飢え渇いている状態ですから、動画サイトに飛び込み、耳あたりの良いメッセージやインパクトのあるメッセージに惹かれるのは当然です。
ましてや、信仰歴の浅い人が、どのメッセージが正統かだなんて判断するのは極めて困難です。
やはり、地道にきちっと聖書を土台として聖書の読み方を学んでいく必要があるなあということを感じました。

ところで、信仰に関することに限らず、これに似た類いのことは、私たちの周りにめちゃくちゃあふれてませんか。
例えば、以前フェイスブックでシェアされていたこの写真。



昨年6月にイスラエルで撮影されたとか。
拡散した人は、とてもきれいで珍しい現象なので嬉しくてシェアしただけだと思いますが、少し調べればこれがフェイクだということはすぐに分かるはずです。
一般的に考えると・・

・こんな見たこともない虹が空に現れたら、メディアがほっておくはずがない。
・この地域に住んでいる何千人という人が目撃して撮影しているはずだから、違う場所から撮られた画像がネットにたくさんあげられ、SNSはお祭り状態になるはず。

くらいはすぐに思いつくと思いますので、検索にかけて調べればいいわけです。
しかし、私が調べたところ、この一種類しか写真が出ませんでした。
事実であればそんなはずはありません。

さらに、虹ができる原理がわかっていれば、上の虹はあり得ないことがわかります。

・三重虹、四重虹と呼ばれるのがまれにありますが、この写真のような現れ方は決してしない。
・副虹(主虹の外側にできる薄い虹)は、色の配列が主虹とは逆の並びになるが、この写真ではみな同じ配列。

SNSで回って来る写真や動画、記事などは、すぐにうのみにせず、一度立ち止まって少し考えるだけでかなり真偽のほどがわかるはずです。

次の写真はどうでしょうか。



とてもきれいですね。
インスタでシェアされていた画像ですが、#naturephotoというハッシュタグが付いていました。
これに70名以上の人がコメントを寄せていましたが、大半がwonderful!とかAmazing!とかいう肯定的なものでした。

いやいや、おかしいでしょう?
雲の手前に月があるって!
それ以外にもよく見たらおかしいところだらけなのですが、なんで多くの人たちが引っかかってしまうのでしょうか。

私が思うに、批判的に物事を見る力(critical thinking)が足りないせいではないかと思います。
入って来る情報をそのまま無批判に受け入れてしまうのに慣れ、「本当かな?」と自分の頭で考えて判断する習慣が身についていないからだと思います。

このブログでたびたびアメリカ大統領選挙やコロナワクチンに関する陰謀論を取り上げてきましたが、多くの人たちがこれらの陰謀論に惑わされる理由も、根っこは同じではないかと思います。
元ネタを見ようとしないとか、信頼できる専門家よりも、視聴者数の多い耳あたりのいい素人の意見の方を信じる、などです。
何度も申し上げているように、メディアリテラシーをあげていかなければどうしようもありません。
少しでもおかしいと思ったら、ファクトチェックをする習慣を身につける必要があります。

聖書の話に戻ります。
聖書には、「偽預言者を警戒しなさい。」「すべての霊を信じることをしないで、それらの霊が神から出たものであるかどうか、確かめなさい。」などとあります。
霊的なcritical thinkingが必要です。
この姿勢を見せたのが、ベレヤの人たちでした。
「ここ(ベレヤ)のユダヤ人は、テサロニケにいる者たちよりも良い人たちで、非常に熱心にみことばを聞き、はたしてそのとおりかどうかと毎日聖書を調べた。」(使徒の働き17:11)

牧師も信徒も、このベレヤの人たちの姿勢に倣って謙遜に御言葉に接し、社会を見つめていければと思います。


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命と生と死
2021/05/22 19:01:58 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 一般
祝❣
昨日、私は53歳にしておじいちゃんになりました!
実感ゼロです。
というのも、孫のお父さんである長男は秋田に住んでいて、新型コロナでしばらくは行き来ご法度ですから。
しばらくは送られてくる写真と動画で我慢したいと思います。
3000グラム超の健康な子(女の子)を息子夫婦を与えてくださった神様に心から感謝します。

ちょっと奇跡的と言ってもいいのですが、私の父も私の妻も5月21日生まれで、これで3代にわたって同じ誕生日になりました。
ちなみに私の娘はもともと予定日が5月21日だったのが、5日遅れの26日に生まれたため、4代にわたる同じ誕生日という、さらにとんでもない奇跡にはなりませんでした。(もしそうなってたら、マスコミから取材が殺到してたかも・・?)

こうして新しい命を授かり、喜びをかみしめた一日になりましたが、夜には教会員のKさんから訃報のメールが届きました。
がんを患い、数年間闘病生活をされていた妹さんが召されたとのことでした。
そのKさんは妹さんの病気を通して教会に導かれ、昨年バプテスマ(洗礼)を受けました。
私たちの教会では妹さんの癒しと回復のために、毎週の祈り会でお祈りをしていました。
しかし最近自分では体を動かせなくなっていて、かなり弱っているとの知らせを受けていて覚悟はしていたのですが、実際に訃報の知らせを聞くと深くため息をつかざるを得ませんでした。
Kさんは妹さんのことが大好きで、いつも彼女の側にいてお世話をしていただけに、どれだけ悲しみに打ちひしがれているだろうかと私は心を痛めました。
妹さんもとても素晴らしい信仰を持っていましたので、彼女はすでに天に住まいを移されて平安を得ているとKさん自身も信じていますが、それでも大好きだった肉親と地上で二度と会えない寂しさはいかばかりでしょうか。

話は前後しますが、実はその前の日の20日、沖縄に来て信仰を持ったあるネパール人留学生のためのバプテスマの司式をしました。
彼女は沖縄に来たときに友達がいなくて何度も死にたいと思い、リストカットをしようとしたそうです。
でも、イエス様が「あなたは死ななくていいよ。私があなたのために死んだからあなたは生きなさい。」という声を聞き、思いとどまり、大粒の涙を流して何時間も泣いたそうです。
彼女は今は生きているのが嬉しい、みんなにイエス様の福音を伝えたいと語ってくれました。

新しい命と召された命。
そして「生きる」ということと「死ぬ」ということについて、こんなにも考えさせられた二日間はありません。

だれも自分で願って生まれてきた人はいません。
命は与えられたものです。
そして命は生きるためのもので、死ぬためのものではありません。
でも、イエス・キリストは私たちに命を与えるために十字架で死なれました。
改めて命が与えられていることを感謝し、生かされている恵みをかみしめたいと思いました。
同時に地上の生涯を終えられる方々に寄り添う生き方ができるようにという思いを新たにしました。


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コロナよりワクチンが危険?
2021/05/18 16:36:20 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 世界
*追記 ワクチン接種慎重派から肯定派に転じた方の一例として大阪大学名誉教授・宮坂昌之先生のYouTube動画をリンクしました(5/18 22:30)

今朝、ワクチン接種に不安を感じ躊躇している方とワクチン談議ができました。
大体次のような理由で不安に感じているようです。
1.人によって言っていることが全く違っていて、何を信じていいのか分からない(ので、今のところ打たない選択に傾いている)
2.一度ワクチンを打っても、どのくらいの期間効果が持続するのか分からない
3.開発から認証受けるまで期間が短すぎて安全性が分からない
4.副反応が気になる、もしかしたら命に係わるのではないか

ワクチン接種に消極的な方々の多くが同じように考えていらっしゃるかなと思います。
聞いてて感じたことは、「分からない」ことからくる「不安」がかなり大きいということです。
分からなければ調べればいいのですが、結局情報がいろいろあってどれが本当か分からない、という最初の疑問に戻ってしまい、不安が解消されず、それならもう打たない方がいい、ということになっているようです。

私個人の考えは極めて単純です。
世界中でこれまで15億回近くワクチンが打たれた結果、どんな状況になっているのか。
これ以上に真実を語るものはないと思います。
前にブログでイスラエルの接種状況とその後の感染者・死者数の大幅な減少について書きましたが、その後さらに数値は減り続け、5月16日の新規感染者は22人、死者は0人です。
1月には一日最大1万人以上が感染していたことを考えれば、この数字が何を証明しているか極めて明快です。
もっともイスラエル・パレスチナ問題という新たな社会問題が噴出しましたので、そちらの方もとても気になるところですが。
イスラエルの次にワクチン接種率が高いイギリスでも同様の傾向が見られます。

日本では、5月16日時点で611万回の接種が行われています。(世界の中で接種率が100位以下だそうです)
5月12日の発表によれば、接種から数日以内に亡くなられた方が39名いることが報告されています。


死亡原因とワクチンとの因果関係については分かっていません。
因果関係は「ない」という見方が多勢のようです。
しかし、仮に全員がワクチンの副反応によるものだとしても、その割合は10万回の接種に対して1人以下です。

片や、コロナに感染した人(陽性判定を受けた人)は5月17日時点で約68万人、死亡した人は1万1000人を超えています。
これは10万人の陽性者に対して約1700人が死亡する計算です。
ワクチンによる致死率はどんなに大きく見積もっても10万にあたり1人以下(<0.001%)であるのに対して、新型コロナの致死率は1700人(1.7%)です。

私はワクチン接種に消極的なこの方に、この数字を紹介しました。
というのも、この方はコロナに罹ることは全然心配していないのに、ワクチンを受けて健康を害することはとても心配しているからです。
私は、ワクチンを打った場合とコロナにかかった場合の致死率は1700倍以上違いますよ、と説明しました。
納得していただいたかどうかは分かりません。
少なくとも、「分からない」ことに不安の原因があるなら、明確な科学的データで「分かる」ようにすることが大切かなと思います。

しかし、このような数字を挙げてもなお、「そもそもコロナに感染する割合が低いのだから、それはまやかしだ」と反論する人がいるかもしれません。

今、インドやネパール、パキスタンでインド型ウイルスが猛威を振るっています。
そこで何が起きているでしょうか。
インドでは350人から400人の牧師、伝道師、司祭が新型コロナで亡くなっていることが報じられています。


ネパールでも、私の元に入って来る情報では、青年会のリーダーだった人が2人が召され、40人以上の牧師が今治療中です。
今日も一人牧師が召されたという連絡をいただきました。
高齢者ばかりが犠牲になっているのではありません。

「コロナに罹るより、ワクチンの方が危険」
本当にそうでしょうか?
もしそうであれば、日本でも3月の時点で医師の90%がワクチン接種を済ませたか、あるいは接種を希望していると回答していることをどう理解すべきでしょうか?


ワクチンについて知見のある医師のほとんどがワクチンの安全性を認めていることを示しています。
一部に確かにワクチンを否定する医療者がいることは事実ですが、彼らの中にも考え方を変える人たちが出てきています。


YouTubeでワクチンを声高に否定している人たちの多くは専門外の人たちですので(私も同様ですが・・)、より知見のある人たちの声を聴くようにしてほしいと思います。
インド型はイギリス型よりさらに重症化率や感染力が高いと言われています。
今後日本で流行る可能性があるとも言われています。
ワクチンを打つ打たないは自由です。
強制されることもないでしょう。
しかし、誤情報に踊らされて誤った判断をしてしまわないように、今一度信頼できるエビデンスに基づいて決断されることをお勧めします。


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10人の娘とは?(3)
2021/05/14 19:09:58 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 聖書
10人の娘の譬えには、イエス様ご自身が語られた明確なメッセージと意図があることを申し上げました。
では、イエス様が語りたかったのはそれ「だけ」なのでしょうか?

私を含めて教会で説教をする人は、メッセージを深化させ、聞き手に理解させようとするあまり、ついつい本来の意図ではないことまでも、物語の中に読み取ろうとする傾向があります。
特に個人的な主観やイデオロギーがフィルターになり、オリジナルストーリーのメッセージからかけ離れた解釈になってしまう場合があるので、慎重さが必要です。
へりくだって聖霊の導きを求めると同時に、間違う可能性が十分にあることを常に意識したいものです。
なので、10人の娘のたとえ話にしても、まずは「いつイエス様が来られてもいいように準備すべし」とのイエス様の明確なメッセージを押さえつつ、くれぐれも行き過ぎた解釈にならないように注意したいものです。

そう考えたときに、福音派界隈で聞かれる次の解釈ってどうなん?って思うのです。

1.油は聖霊を象徴
解説:5人の賢い娘は予備の油を持っていたが、残りの5人の娘は持っていなかった。聖書では油は聖霊を象徴する。ゆえに、油を持っていた5人とは聖霊を持ってる人(あるいは聖霊に満たされている人)であり、残りの5人は持っていない人である。聖霊を受けている人は宴会の席に加われるが(救われるが)、そうでない人は救われることはない。

全員をクリスチャンとするか、あるいは油を持っている人だけをクリスチャンとするか若干のバリエーションはありますが、この比喩的解釈めっちゃ多くないですか?
皮肉なことに、「字義的解釈」にこだわりを持つ方々の中に、油=聖霊という比喩を持ち込む人が多いように見受けられます。
もちろんこの可能性がゼロというわけではないでしょう。
しかし、この物語を含むマタイ24章から25章までの終末についての教え(「オリーブ山の説教」と言われています)のどこにも聖霊の満たしとか、聖霊の内住とかいうテーマはありません。
聖書に油という単語が登場したら、それは必ず聖霊を意味すると考えるのは明らかに行きすぎです。
母親に「油切らしたから買ってきて」と頼まれたとしましょう。
その時「母はいつも聖霊の油注ぎが大切だって言ってたな。そうかこれはもっと聖霊を求めるように、母がわたしを諭しているのだ。」と「霊的解釈」をする人がいたら、目が点になりますよね(笑)。

確かにイエス様は他の個所で幾度も聖霊について語っています。
例えば、ヨハネ14〜16章には、イエス様が父なる神にお願いして弁護者(助け主)を遣わすと書かれていますが、これについては明確に聖霊のことであると説明しています。
(ちなみに私も5月いっぱいのメッセージは聖霊についてです。)
もし、10人の娘の譬えで使われている油が聖霊であれば、イエス様はきっとそうおっしゃったのではないかと思います。
第一テサロニケ5章19節「御霊を消してはいけません」との関連で語る方もおりますが、やっぱりこじつけ感が否めません。

イエス様がたとえ話で取り上げる題材は、常に当時の人々の生活に身近なものばかりでした。
畑とか、お金とか、植物とか・・。
婚宴というのも人々の生活に密着した注目度抜群のイベントなので、譬えとして用いるにはぴったりの題材です。
イエス様は分かりやすくお話しするために、そのイベントに関することを話題として取り上げたのであって、それ以上の深読みには注意が必要です。

なお、24章32節の「いちじくの木」をイスラエルの比喩とし、「枝が柔らかくなって葉が出る」のを1948年のイスラエル建国と取る人がいますが、これも同様の理由で同意できません。
聖書に「いちじく」と書かれていたらすべてイスラエルと解釈するのは乱暴です。

2.10人の娘は艱難期に救われた異邦人
解説:この譬え話の前提として、花婿はすでに花嫁(教会を象徴)を迎えている、すなわち教会は携挙されていて地上にはないという設定がある。またイエスの再臨前には全イスラエルが救われているはずなので、イエスの地上再臨(花婿のお出まし)の時に地上でイエスを迎えるのは異邦人以外ありえない。ゆえに、油を用意した5人の賢い娘は信仰をもって救われた異邦人で、残りの5人は信仰を持たない異邦人である。

油を聖霊の象徴と解釈するのは、突拍子もないこととまでは言えないでしょう。
しかし、話の舞台設定としてすでに花婿は花嫁を迎えていて(携挙は終わっている)、イスラエルは全員救われているから、花婿を出迎えるのは全員異邦人だ、という解釈は突飛過ぎないでしょうか。

実はこの解釈は日本では大変有名な伝道師で、ディスペンセーション主義(詳しくはいずれ書きたいと思います)に立って盛んにYouTube等で聖書解説をなさっている先生の解釈です。
私は何度も先生の講演会に参加し、直接質問をぶつけたこともあります。
分かりやすさと熱心さにおいては大変学ぶべきところがあり、私も何度も参考にさせていただきました。
一方で、聖書解釈がディスペンセーション主義、あるいは艱難前携挙説(これについてもいずれ書きます)を前提にしていることで、終末に関する聖句やたとえ話の解釈が、それに合わせようとしすぎるあまり、無理やり感が半端ない場合があります。
このたとえ話の解釈もその一つです。

一つ一つ説明していると長くなりますので、これだけを申し上げます。
オリーブ山の説教のどこにも携挙に関する言及はありません。
24章36〜42節は携挙のことだという声があるのは知っています。
しかし、私はそうではないという確信を持っています。
これもいずれどういうことか説明したいと思います。
いずれにしろ、あれほど終末について、そしてご自身の再臨について何度も語られたイエス様が、携挙については弟子たちに直接何も語らなかったことを考えれば、携挙が終末論の主要なテーマではないことは言わずもがなです。

携挙については唯一、第一テサロニケ4章16〜17節でパウロが言及しているだけです。
パウロ、ヨハネ、ペテロ、ヤコブはいずれも携挙には大きな関心を示していませんので、これを確定的な教理として固定化し、さらに全然関係のない聖書の文脈にそれを強引に見出そうとする試みは、御言葉の読み方、聴き方として正しいとは言えないのではないでしょうか。
御言葉はそんなに複雑ではないはずです。

たとえ話に話を戻します。この話をイエス様はユダヤ人である弟子たちに語っていて、彼らに「目を覚ましていなさい」とまで警告しています。
この話をイエス様から直接聞いた弟子たちが、「娘たち=艱難時代を通る異邦人」と理解したとはとても思えないです。
もし本当にそうだとしたら、弟子たちに対してこのメッセージの意味は何なのでしょうか。
違和感ありありです。
これはディスペンセーション主義という強力なフィルターを通さなければ絶対に出てこない結論ではないでしょうか。
ちなみに、その前にイスラエルは全部救われている、という前提も、これとは別に議論が必要ですね。

最後に・・・どうしても携挙をこの話の中に見出したいのであれば、むしろ花婿の到着(イエスの再臨)と娘たちの出迎え(携挙)があって、すぐに宴会の席が設けられている(天国)という読み方の方がより自然な理解とも言えます。
私たちは教理を物語に読み込むのではなく、物語から教理を導き出すように注意しなければなりません。

長くなってしまいました。私の理解が絶対正しいと申し上げるつもりは毛頭ありません。
おかしいと思った点があればご指摘いただければ幸いです。


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