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八重山JC初代理事長
2006/11/14 05:22:40 書庫 全般
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明日から韓国ソウルで開催されるJCI世界会議に参加する為、那覇にいます。

今日は、那覇市仲井真在住の、八重山JC初代理事長の中村幸栄氏を訪ねて来ました。

まず、ご在宅かどうか電話を掛けたのですが、電話をとって頂いた奥様が、「旦那は留守です」との事・・・それでは、名刺だけでもと思い、レンタカーのナビを頼りに、那覇市仲井真の入り組んだ迷路のような住宅地近辺を探し回りましたが、探せるはずもなく・・途方にくれておりましたが・・・

神様が案内してくれたようです。

レンタカーのヒュンダイTBがやっと通れるような、路地の行き止まりで車を降りて、辺りを見渡すと、「中村」という表札が・・・(泣)

中村幸栄氏の息子さんの家でした。中村幸栄氏のご長男の奥様が出てきて頂き、隣の幸栄氏の自宅に案内されたのですが、奥様に名刺を預けようと思ったのですが、私が八重山JC第45代理事長だと告げると・・・

「もしかして・・・先ほど電話された方ですか?・・選挙運動の方だと思い、旦那は留守だと伝えたのですが、居ますよ」(^^;)

中村氏の自宅の応接間に通され、念願の初代理事長、中村幸氏氏にお会いできました。

中村氏は85歳なんですが、カクシャクとしていて、八重山JC設立当時の貴重なお話を聞くことが出来ました。

この方がいなければ、今の八重山JCはないんだな〜と思うと、感動でした。

中村氏は、那覇の方で、石垣市のパイン缶詰工場(沖縄缶詰)勤務の為、石垣で暮らしており、八重山JC設立の依頼があった際に、第2-3代理事長の石垣氏に頼まれ、初代理事長を引き受けたのだそうです。その数年後に那覇に戻り現在の沖阪産業設立メンバーのひとりとなりました。

八重山JCの先輩はじめ、私たちのほとんどが、なかなかお会いする機会がなく、今に至っております。

実は、先日お会いした第2-3代理事長の石垣氏からも聞いたのですが、中村幸栄氏・・映画のようなエピソードである船の遭難事故からの生存者なんです。

昭和38年8月17日・・八重山では、八重山JC創立1周年式典開催の日・・中村氏は、パイン工場で働いて頂く女性労働者を募りに、久米島に向かう客船「みどり丸(300トン)」の船上にいました。

この「みどり丸」が、那覇市沖10kmの海域で高波を受けて沈没したのです。

死者・行方不明者112名を出す大惨事となりましたが、中村氏は奇跡の生還を果たしました。このみどり丸沈没の事故の一報は、創立1周年記念式典を開催していた八重山JCメンバーにも届いたようですが、中村氏生還の一報が入り、創立1周年記念式典は、一転、中村氏生還を祝う場になったようです。

この「みどり丸」沈没事故から33回忌にあたっての中村氏の手記、「みどり丸遭難記」を頂きました。ほんとに、映画のようなエピソードですよ。

今日は、突然の訪問にも関わらず、歓迎して頂きありがとうございました。



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